・・・境内を出ると、貸席が軒を並べている芝居裏の横丁だった。何か胸に痛いような薄暗さと思われた。前方に光が眩しく横に流れていて、戎橋筋だった。その光の流れはこちらへも向うの横丁へも流れて行かず、筧を流れる水がそのまま氷結してしまったように見えた。・・・ 織田作之助 「雨」
・・・大通いずれもさび、軒端暗く、往来絶え、石多き横町の道は氷れり。城山の麓にて撞く鐘雲に響きて、屋根瓦の苔白きこの町の終より終へともの哀しげなる音の漂う様は魚住まぬ湖水の真中に石一個投げ入れたるごとし。 祭の日などには舞台据えらるべき広辻あ・・・ 国木田独歩 「源おじ」
・・・とある横町の貧しげな家ばかり並んでいる中に挾まって九尺間口の二階屋、その二階が「活ける西国立志編」君の巣である。「桂君という人があなたの処にいますか」「ヘイいらっしやいます、あの書生さんでしょう」との山の神の挨拶。声を聞きつけてミシ・・・ 国木田独歩 「非凡なる凡人」
・・・と思って見ていますと、巡査は、先に針金の輪のついた、へんな棒きれをもったまま、馬車を下りて、そこの横丁へはいっていきました。と、一分間もたたないうちに、巡査は、犬を一ぴきつかまえて引きずッて来ました。犬はきゃんきゃんなきなきていこうしました・・・ 鈴木三重吉 「やどなし犬」
・・・もう、だいぶ暑いころで、少年は、汗だくで捜し廻り、とうとう或る店の主人から、それは、うちにはございませぬが、横丁まがると消防のもの専門の家がありますから、そこへ行ってお聞きになると、ひょっとしたら、わかるかも知れません、といいこと教えられ、・・・ 太宰治 「おしゃれ童子」
・・・友人の話によると、友人は何もせず横丁を懐手してぶらぶら歩いていると、犬が道路上にちゃんと坐っていた。友人は、やはり何もせず、その犬の傍を通った。犬はその時、いやな横目を使ったという。何事もなく通りすぎた、とたん、わんといって右の脚に喰いつい・・・ 太宰治 「畜犬談」
・・・これから二つ目の横町を右へお曲がりになる所の角へお持ちになりますと。」「なんだい、それは。その角に持って行ってどうするのだい。」「質店でございます。勲章なら、すぐに十マルクは御用立てます。官立典物所なんぞへお持ちになったって、あそこ・・・ 著:ディモフオシップ 訳:森鴎外 「襟」
・・・ 郵便局の横町にナンキン町がある。店にいて往来人をじろじろながめる人たちの顔つき目つきがどこかやはりちがう。なんとなくゲットーのような趣もある。周囲がみんななまけて金を使っている中でこの横町の人たちだけは懸命で働いて金をもうけているので・・・ 寺田寅彦 「軽井沢」
・・・その線路の右端の下方、すなわち紙の右下隅に鶯横町の彎曲した道があって、その片側にいびつな長方形のかいてあるのがすなわち子規庵の所在を示すらしい。紙の右半はそれだけであとは空白であるが、左半の方にはややゴタゴタ入り組んだ街路がかいてある。不折・・・ 寺田寅彦 「子規自筆の根岸地図」
・・・ 夏から秋へかけての日盛に、千葉県道に面した商い舗では砂ほこりを防ぐために、長い柄杓で溝の水を汲んで撒いていることがあるが、これもまたわたくしには、溝の多かった下谷浅草の町や横町を、風の吹く日、人力車に乗って通り過ぎたころのむかしを思い・・・ 永井荷風 「葛飾土産」
出典:青空文庫