・・・白く映っている。それが草原の中に牛乳をこぼしたように見える。白樺の木共はこれから起って来る、珍らしい出来事を見ようと思うらしく、互に摩り寄って、頸を長くして、声を立てずに見ている。 女学生が最初に打った。自分の技倆に信用を置いて相談に乗・・・ 著:オイレンベルクヘルベルト 訳:森鴎外 「女の決闘」
・・・前方の白樺の木に裸電球がかかっている。にぶいその灯のまわりに、秋の夜明けの寂けさが、暈のように集っていた。しみじみと遠いながめだった。夜露にぬれた道ばたには、高原の秋の花が可憐な色に咲いていた。私はしみじみと秋を感じた。暦ではまだ夏だったが・・・ 織田作之助 「秋の暈」
・・・ あるいはまたあたり一面にわかに薄暗くなりだして、瞬く間に物のあいろも見えなくなり、樺の木立ちも、降り積ッたままでまた日の眼に逢わぬ雪のように、白くおぼろに霞む――と小雨が忍びやかに、怪し気に、私語するようにバラバラと降ッて通ッた。樺の・・・ 国木田独歩 「武蔵野」
・・・白く映っている。それが草原の中に牛乳をこぼしたように見える。白樺の木どもは、これから起って来る、珍らしい出来事を見ようと思うらしく、互に摩り寄って、頸を長くして、声を立てずに見ている。』見ているのは、白樺の木だけではなかった。二人の女の影の・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・(コロナは六十三万二百 ※‥‥‥ ) 楊の木でも樺の木でも、燐光の樹液がいっぱい脈をうっています。 宮沢賢治 「イーハトーボ農学校の春」
今は兎たちは、みんなみじかい茶色の着物です。 野原の草はきらきら光り、あちこちの樺の木は白い花をつけました。 実に野原はいいにおいでいっぱいです。 子兎のホモイは、悦んでぴんぴん踊りながら申しました。 「ふん、いいにお・・・ 宮沢賢治 「貝の火」
・・・ ところが路の一とこに崖からからだをつき出すようにした楢や樺の木が路に被さったとこがありました。耕一が何気なくその下を通りましたら俄かに木がぐらっとゆれてつめたい雫が一ぺんにざっと落ちて来ました。耕一は肩からせなかから水へ入ったようにな・・・ 宮沢賢治 「風野又三郎」
・・・ 音はよっぽど遠かった。樺の木の生えた小山を二つ越えてもまだそれほどに近くもならず、楊の生えた小流れを三つ越えてもなかなかそんなに近くはならなかった。 それでもいくらか近くはなった。 二人が二本の榧の木のアーチになった下を潜った・・・ 宮沢賢治 「黄いろのトマト」
・・・ ホップのつるが、両方からのびて、門のようになっている白樺の木には、「カッコウドリ、トオルベカラズ」と書いたりもしました。 そして、ブドリは十になり、ネリは七つになりました。ところがどういうわけですか、その年は、お日さまが春から・・・ 宮沢賢治 「グスコーブドリの伝記」
・・・それでもあの崖はほんとうの嫩い緑や、灰いろの芽や、樺の木の青やずいぶん立派だ。佐藤箴がとなりに並んで歩いてるな。桜羽場がまた凝灰岩を拾ったな。頬がまっ赤で髪も赭いその小さな子供。雲がきれて陽が照るしもう雨は大丈夫だ。さっきも一遍云ったの・・・ 宮沢賢治 「台川」
出典:青空文庫