・・・さあ、御客様だ、土左衛門だと云う騒ぎで、早速橋詰の交番へ届けたんだろう。僕が通りかかった時にゃ、もう巡査が来ていたが、人ごみの後から覗いて見ると、上げたばかりの女隠居の屍骸が、荒菰をかぶせて寝かしてある、その菰の下から出た、水ぶくれの足の裏・・・ 芥川竜之介 「妖婆」
・・・少し渡って見よう。橋詰の、あの大樹の柳の枝のすらすらと浅翠した下を通ると、樹の根に一枚、緋の毛氈を敷いて、四隅を美しい河原の石で圧えてあった。雛市が立つらしい、が、絵合の貝一つ、誰もおらぬ。唯、二、三町春の真昼に、人通りが一人もない。何故か・・・ 泉鏡花 「雛がたり」
・・・と自分で叫びながら、漸く、向うの橋詰までくると、其処に白い着物を着た男が、一人立っていて盛に笑っているのだ、おかしな奴だと思って不図見ると、交番所の前に立っていた巡査だ、巡査は笑いながら「一体今何をしていたのか」と訊くから、何しろこんな、出・・・ 小山内薫 「今戸狐」
・・・ 新橋詰めの勧工場がそのころもあったらしい。これは言わば細胞組織の百貨店であって、後年のデパートメントストアの予想であり胚芽のようなものであったが、結局はやはり小売り商の集団的蜂窩あるいは珊瑚礁のようなものであったから、今日のような対小・・・ 寺田寅彦 「銀座アルプス」
・・・玉子は納豆よりずっと儲があったから、よく売れると帰りに一太は橋詰の支那ソバを奢って貰えた。玉子をどっさり売って出て来るとき何だかいい気持を一太に与えた。一寸背が高くなったような心持だ。 歩くのは天気の好い日に限っていたから、道々一太は種・・・ 宮本百合子 「一太と母」
・・・左側に古橋、橋爪その他の選手たちが並んでかけているのだが、その五人はいっせいに頭を下げ視線をおとし、悲壮めいた緊張につつまれている。快活な、スポーティな雰囲気よりも、かたい決意のみなぎるこの写真の空気は、わたしに複雑な思いをいだかせた。選手・・・ 宮本百合子 「ボン・ボヤージ!」
出典:青空文庫