・・・ すべての迷信は信仰以上に執着性を有するものであるとおり、この迷信も群集心理の機微に触れている。すべての時代を通じて、人はこの迷信によってわずかに二つの道というディレンマを忘れることができた。そして人の世は無事泰平で今日までも続き来たっ・・・ 有島武郎 「二つの道」
・・・見ずや、きみ、やかなの鋭き匕首をもって、骨を削り、肉を裂いて、人性の機微を剔き、十七文字で、大自然の深奥を衝こうという意気込の、先輩ならびに友人に対して済まぬ。憚り多い処から、「俳」を「杯」に改めた。が、一盞献ずるほどの、余裕も働きもないか・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・その時分緑雨は『国会新聞』の客員という資格で、村山の秘書というような関係であったらしく、『国会新聞』の機微に通じていて、編輯部内の内情やら村山の人物、新聞の経営方針などを来る度毎に精しく話して聞かせた。こっちから訊きもしないのに何故こんな内・・・ 内田魯庵 「斎藤緑雨」
・・・と、何処の女であるか知らぬが近頃際会したという或る女の身の上咄をして、「境涯が境涯だから人にも賤しめられ侮られているが、世間を呑込んで少しも疑懼しない気象と、人情の機微に通ずる貴い同情と――女学校の教育では決して得られないものを持ってる。こ・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
・・・ 人情の機微を穿つとか、人間と人間の関係を忠実に細叙するとかいうのも、この世の中の生活様式を其の儘肯定しての上のことである。彼等は、この社会生活、そのものゝ原因に対しては疑わなかった。それを疑うことは、怖しいことゝして来た。圧搾せられた・・・ 小川未明 「芸術は革命的精神に醗酵す」
・・・笹鳴きは口の音に迷わされてはいるが、そんな場合のカナリヤなどのように、機微な感情は現わさなかった。食欲に肥えふとって、なにか堅いチョッキでも着たような恰好をしている。――堯が模ねをやめると、愛想もなく、下枝の間を渡りながら行ってしまった。・・・ 梶井基次郎 「冬の日」
・・・もしそれこれを憶うていよいよ感じ、瞑想静思の極にいたればわれ実に一呼吸の機微に万有の生命と触着するを感じたりき もしこの事、単にわが空漠たる信念なりとするも、わが心この世の苦悩にもがき暗憺たる日夜を送る時に当たりて、われいかにしばしば汝・・・ 国木田独歩 「小春」
・・・ 生命の法則についての英知があって、かつ現代の新生活の現実と機微とを知っている男女はこの二つの見方を一つの生活に融かして、夫婦道というものを考えばならぬ。 人間が、文化と、精神と霊とを持っているのでなかったら夫婦道というものは初めか・・・ 倉田百三 「愛の問題(夫婦愛)」
・・・生命にはその発動の機微があり、恋愛にはそれ自らのいのちがある。異性を恋して少しも心乱れぬような青年は人間らしくもない。「英雄の心緒乱れて糸の如し」という詩句さえある。ことにその恋愛が障害にぶつかるときには勉強が手につかないようなこともある。・・・ 倉田百三 「学生と生活」
・・・そこには人情の機微がなければならぬ。ことに子どもの幼いときに、故意に、不自然に教育的なのはよくない。食卓でいちいち合掌させて食事をさせるというようなのは私は好まない。「おいたはおよし」と母親が叱っても、茶碗を引っくり返すくらいなところもない・・・ 倉田百三 「女性の諸問題」
出典:青空文庫