・・・ 人間の具体的な個々の記憶や経験はそのままに遺伝するものではないだろうが、それらを煎じつめた機微なある物が遺伝しているので、そのためにこのような心持ちを起こさせるのではあるまいか。漱石先生の「趣味の遺伝」はまさにこういう点に触れたものの・・・ 寺田寅彦 「自画像」
・・・ 機微の邃きを照らす鏡は、女の有てる凡てのうちにて、尤も明かなるものという。苦しきに堪えかねて、われとわが頭を抑えたるギニヴィアを打ち守る人の心は、飛ぶ鳥の影の疾きが如くに女の胸にひらめき渡る。苦しみは払い落す蜘蛛の巣と消えて剰すは嬉し・・・ 夏目漱石 「薤露行」
・・・あるいは人間の機微に触れた内部の消息を伝えた作品を第一位に据えてもいい。あるいは平々淡々のうちに人を引き着ける垢抜けのした著述を推すもいい。猛烈なものでも、沈静なものでも、形式の整ったものでも、放縦にしてまとまらぬうちに面白味のあるものでも・・・ 夏目漱石 「作物の批評」
・・・ 自然な女の心持で、異性の間の友情を考えると、どうしても女同士の友情というものが浮んで来る心理の必然が、おのずからこの感情の本質的な機微にふれているのではなかろうか。 恋愛というものは、この社会の歴史の現実のなかで、男と女とが相互的・・・ 宮本百合子 「異性の間の友情」
・・・われている日本の女こそ、習俗の上で見かけの礼儀や丁寧さのこまやかな欧米の男にだまされやすいということは、外見だけの荒っぽさと称される境遇が、それだけ女の心を、外見のねんごろさにさえもろくしている深刻な機微を語っているのだと思う。外見だけのこ・・・ 宮本百合子 「異性の友情」
・・・そんなに、この頃はうどん、うどんなのだが、そのうどんに絡んで人情の機微が動く姿も可笑しく悲しい。 或る小学校に三人の女先生がいた。ずっと仲よしで、今年は一人の先生が五年を、もう一人の先生は一年のうけもちに代った。一人は唱歌の先生である。・・・ 宮本百合子 「「うどんくい」」
・・・マであれば、それにふさわしい表現の手段が彼としては無くてはならず、しかも、西欧の文学に通暁していたこの作者が、題材として手柔らかな、纏めやすく拵えやすい過去の情景へ向ってそれを求めたということの精神の機微にも目をひかれる。西欧の芸術家、たと・・・ 宮本百合子 「鴎外・芥川・菊池の歴史小説」
・・・ その一寸した感想も、なかなか女の仕事や生活に対する一般の態度の機微にふれている。女のひとの感情がそんな風に動く原因はどこに在るのだろう。 数ヵ月前にある婦人雑誌で職業婦人の月給調査を試みたことがあった。あらゆるところで女の給料はや・・・ 宮本百合子 「女の歴史」
・・・槇有恒氏の山についての本はどんなその間の機微を語っているか知らないけれど、岩波文庫のウィムパーの「アルプス登攀記」は印象にのこっている記録の一つである。岩波新書に辻村太郎氏の執筆されている「山」がある。 極地探検の記録も人類の到達した科・・・ 宮本百合子 「科学の常識のため」
・・・よく世間で、なかなかやるが結局お嬢さん芸でね、奥さん芸でね、という批評を、殿様芸に並べていうのは、ここのところの機微にふれていると思います。 では、お嬢さん芸でない技術、奥さん芸でない技術をそれぞれの仕事において女がつけて行くことが、今・・・ 宮本百合子 「現実の道」
出典:青空文庫