・・・ 庸才 庸才の作品は大作にもせよ、必ず窓のない部屋に似ている。人生の展望は少しも利かない。 機智 機智とは三段論法を欠いた思想であり、彼等の所謂「思想」とは思想を欠いた三段論法である。 又・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・が、必ずしもその笑いは機智に富んだ彼の答を了解したためばかりでもないようである。この疑問は彼の自尊心に多少の不快を感じさせた。けれども父を笑わせたのはとにかく大手柄には違いない。かつまた家中を陽気にしたのもそれ自身甚だ愉快である。保吉はたち・・・ 芥川竜之介 「少年」
・・・絢爛の才能とか、あふれる機智、ゆたかな学殖、直截の描写力とか、いまは普通に言われて、文学を知らぬ人たちからも、安易に信頼されているようでありますが、私は、そんな事よりも、あなたの作品にいよいよ深まる人間の悲しさだけを、一すじに尊敬してまいり・・・ 太宰治 「風の便り」
・・・ただ野暮ったくもったい振り、何の芸も機智も勇気も無く、図々しく厚かましく、へんにガアガア騒々しいものとばかり独断していたのである。空襲の時にも私は、窓をひらいて首をつき出し、隣家のラジオの、一機はどうして一機はどうしたとかいう報告を聞きとっ・・・ 太宰治 「家庭の幸福」
・・・と云ってこの鳥の捕獲を誡めた野中兼山の機智の話を想い出す。 公園の御桜山に大きな槙の樹があってその実を拾いに行ったこともあった。緑色の楕円形をした食えない部分があってその頭にこれと同じくらいの大きさで美しい紅色をした甘い団塊が附着してい・・・ 寺田寅彦 「郷土的味覚」
・・・格式に拘泥しない自由な行き方の誹諧であるのか、機知頓才を弄するのが滑稽であるのか、あるいは有心無心の無心がそうであるのか、なかなか容易には捕捉し難いように見える。しかしもし大胆なる想像を許さるれば、古の連歌俳諧に遊んだ人々には、誹諧の声だけ・・・ 寺田寅彦 「俳諧の本質的概論」
・・・実際土佐では弘法大師と兼山との二人がそれぞれあらゆる奇蹟と機知との専売人になっているのである。 十七 野中兼山の土木工学者としての逸話を二つだけ記憶している。その一つは、わずかな高低凹凸の複雑に分布した地面の水準・・・ 寺田寅彦 「藤棚の陰から」
・・・愚弄に報ゆるに愚弄をもってし、当てこすりに答えるに当てこすりをもってする事のできる場合には用はないが、無言な正義が饒舌な機知に富んだ不正に愚弄される場合の審判者としてこの二つの品が必要である。」これには自分はだいぶ異論があったように記憶する・・・ 寺田寅彦 「丸善と三越」
・・・しかるに彼ら閣臣の輩は事前にその企を萌すに由なからしむるほどの遠見と憂国の誠もなく、事後に局面を急転せしむる機智親切もなく、いわば自身で仕立てた不孝の子二十四名を荒れ出すが最後得たりや応と引括って、二進の一十、二進の一十、二進の一十で綺麗に・・・ 徳冨蘆花 「謀叛論(草稿)」
・・・ また、或る婦人雑誌はその背後にある団体独特の合理主義に立ち、そして『婦人画報』は、或る趣味と近代機智の閃きを添えて、いずれも、これらのトピックを語りふるして来たものである。 ところが、今日、これらの題目は、この雑誌の上で、全く堂々・・・ 宮本百合子 「合図の旗」
出典:青空文庫