・・・それゆえ始めの間の論駁には多くの私の言説の不備な点を指摘する批評家が多いようだったが、このごろあれを機縁にして自己の見地を発表する論者が多くなってきた。それは非常によいことだと思う。なぜならばあの問題はもっと徹底的に講究されなければならない・・・ 有島武郎 「想片」
・・・「既報“人生紙芝居”の相手役秋山八郎君の居所が奇しくも本紙記事が機縁となって判明した。四年前――昭和六年八月十日の夜、中之島公園の川岸に佇んで死を決していた長藤十吉君を救って更生への道を教えたまま飄然として姿を消していた秋山八郎君は、そ・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・記念祭の夜応援団の者に撲られたことを機縁として、五月二日、五月三日、五月四日と記念祭あけの三日間、同じ円山公園の桜の木の下で、次々と違った女生徒を接吻してやった。それで心が慰まった。高校生に憧れて簡単にものにされる女たちを内心さげすんでいた・・・ 織田作之助 「雨」
・・・それのみか、これが機縁となって、翌月二十八日夜に松葉ヶ谷草庵が焼打ちされるという法難となって報いられた。「国主の御用ひなき法師なれば、あやまちたりとも科あらじとや思ひけん、念仏者並びに檀那等、又さるべき人々も同意したりとぞ聞えし、夜中に・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
・・・信仰を求める誠さえ失わないならば、どんなに足を踏みすべらし、過ちを犯し、失意に陥り、貧苦と罪穢とに沈淪しようとも、必ず仏のみ舟の中での出来ごとであって、それらはみな不滅の生命――涅槃に達する真信打発の機縁となり得るのである。その他のものはど・・・ 倉田百三 「女性の諸問題」
・・・そこで事相の成不成、機縁の熟不熟は別として一切が成熟するのである。政元の魔法は成就したか否か知らず、永い月日を倦まず怠らずに、今日も如法に本尊を安置し、法壇を厳飾し、先ず一身の垢を去り穢を除かんとして浴室に入った。三業純浄は何の修法にも通有・・・ 幸田露伴 「魔法修行者」
・・・でに父母の手を離れて、専門教育に入るまでの間、すべてみずから世波と闘わざるを得ない境遇にいて、それから学窓の三四年が思いきった貧書生、学窓を出てからが生活難と世路難という順序であるから、切に人生を想う機縁のない生涯でもない。しかもなおこれら・・・ 島村抱月 「序に代えて人生観上の自然主義を論ず」
・・・そのうちに、これはまあ、私にとって幸福な事であったのか、不幸な事であったのか、私のいま以て疑問としているところでございますが、このようなダメな男でも、詩壇の一隅に乗り出す機縁が生じてまいったのでございます。実に、人の一生は、不思議とでも申す・・・ 太宰治 「男女同権」
・・・それでさんざんに調べた最後には、つまりいいかげんに、賽でも投げると同じような偶然な機縁によって目的の地をどうにかきめるほかはない。 こういうやり方は言わばアカデミックなオーソドックスなやり方であると言われる。これは多くの人々にとって最も・・・ 寺田寅彦 「案内者」
・・・もっともそれにしたところで、広瀬中佐の銅像を見ていたという事が、どういう機縁になってこれが呼び出される手続きになったのか、これに関する筋の立った説明はなかなか簡単でないように思われる。 それはとにかく、私はその待ちおおせて乗った電車の上・・・ 寺田寅彦 「神田を散歩して」
出典:青空文庫