・・・大女の、わけて櫛巻に無雑作に引束ねた黒髪の房々とした濡色と、色の白さは目覚しい。「おやおや……新坊。」 小僧はやっぱり夢中でいた。「おい、新坊。」 と、手拭で頬辺を、つるりと撫でる。「あッ。」と、肝を消して、「ま・・・ 泉鏡花 「絵本の春」
・・・何しろその体裁ですから、すなおな髪を引詰めて櫛巻でいましたが、生際が薄青いくらい、襟脚が透通って、日南では消えそうに、おくれ毛ばかり艶々として、涙でしょう、濡れている。悲惨な事には、水ばかり飲むものだから、身籠ったようにかえってふくれて、下・・・ 泉鏡花 「木の子説法」
・・・ 緋縮緬の女は、櫛巻に結って、黒縮緬の紋着の羽織を撫肩にぞろりと着て、痩せた片手を、力のない襟に挿して、そうやって、引上げた褄を圧えるように、膝に置いた手に萌黄色のオペラバッグを大事そうに持っている。もう三十を幾つも越した年紀ごろから思・・・ 泉鏡花 「売色鴨南蛮」
・・・ いまは櫛巻が艶々しく、すなおな髪のふっさりしたのに、顔がやつれてさえ見えるほどである。「女中部屋でいたせばようございますのに、床も枕も一杯になって寝ているものでございますから、つい、一風呂頂きましたあとを、お客様のお使いになります・・・ 泉鏡花 「鷭狩」
・・・――漆にちらめく雪の蒔絵の指さきの沈むまで、黒く房りした髪を、耳許清く引詰めて櫛巻に結っていた。年紀は二十五六である。すぐに、手拭を帯に挟んで――岸からすぐに俯向くには、手を差伸しても、流は低い。石段が出来ている。苔も草も露を引いて皆青い。・・・ 泉鏡花 「夫人利生記」
・・・ 大通りを少しあるくと、向うから、羽織の袖で風呂敷づつみを抱いた、脊のすらりとした櫛巻の女が、もの静に来かかって、うつむいて、通過ぎた。「いい女ね。見ましたか。」「まったく。」「しっとりとした、いい容子ね、目許に恐ろしく情の・・・ 泉鏡花 「古狢」
・・・――夫人、雨傘をすぼめ、柄を片手に提げ、手提を持添う。櫛巻、引かけ帯、駒下駄にて出づ。その遅桜を視め、夫人 まあ、綺麗だこと――苦労をして、よく、こんなに――……お礼を言いたいようだよ――ああ、ほんとうに綺麗だよ。よく、お咲・・・ 泉鏡花 「山吹」
・・・ ここへ例の女の肩に手弱やかな片手を掛け、悩ましい体を、少し倚懸り、下に浴衣、上へ繻子の襟の掛った、縞物の、白粉垢に冷たそうなのを襲ねて、寝衣のままの姿であります、幅狭の巻附帯、髪は櫛巻にしておりますが、さまで結ばれても見えませぬのは、・・・ 泉鏡花 「湯女の魂」
・・・ 駱駝の背中と言ったのは壁ぎわの寝床で、夫婦者と見えて、一枚の布団の中から薄禿の頭と櫛巻の頭とが出ている。私はその横へ行って、そこでもまたぼんやり立っていると、櫛巻の頭がムクムク動いて、「お前さん、布団ならあそこの上り口に一二枚あっ・・・ 小栗風葉 「世間師」
・・・今日は洗い髪の櫛巻で、節米の鼠縞の着物に、唐繻子と更紗縮緬の昼夜帯、羽織が藍納戸の薩摩筋のお召という飾し込みで、宿の女中が菎蒻島あたりと見たのも無理ではない。「馬鹿に今日は美しいんだね」と金之助はジロジロ女の身装を見やりながら、「それに・・・ 小栗風葉 「深川女房」
出典:青空文庫