・・・して見れば菊池寛の作品を論ずる際、これらの尺度にのみ拠ろうとするのは、妥当を欠く非難を免れまい。では菊池寛の作品には、これらの割引を施した後にも、何か著しい特色が残っているか? 彼の価値を問う為には、まず此処に心を留むべきである。 何か・・・ 芥川竜之介 「「菊池寛全集」の序」
・・・短歌 我我の生活に欠くべからざる思想は或は「いろは」短歌に尽きているかも知れない。 運命 遺伝、境遇、偶然、――我我の運命を司るものは畢竟この三者である。自ら喜ぶものは喜んでも善い。しかし他を云々するのは僣越であ・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・このカッフェに欠くべからざるものだから、角砂糖。ETC. ETC. この店にはお君さんのほかにも、もう一人年上の女給仕がある。これはお松さんと云って、器量は到底お君さんの敵ではない。まず白麺麭と黒麺麭ほどの相違がある。だから一つカッフェ・・・ 芥川竜之介 「葱」
・・・詩を書く人を他の人が詩人と呼ぶのは差支ないが、その当人が自分は詩人であると思ってはいけない、いけないといっては妥当を欠くかもしれないが、そう思うことによってその人の書く詩は堕落する……我々に不必要なものになる。詩人たる資格は三つある。詩人は・・・ 石川啄木 「弓町より」
・・・たし 薄命紅顔の双寡婦 奇縁白髪の両新人 洞房の華燭前夢を温め 仙窟の煙霞老身を寄す 錬汞服沙一日に非ず 古木再び春に逢ふ無かる可けん 河鯉権守夫れ遠謀禍殃を招くを奈ん 牆辺耳あり防を欠く 塚中血は化す千年碧なり 九外屍は留・・・ 内田魯庵 「八犬伝談余」
・・・を造ろうとしたようなもので、その策は必ずしも無謀浅慮ではなかったが、ただ短兵急に功を急いで一時に根こそぎ老木を伐採したために不測の洪水を汎濫し、八方からの非難攻撃に包囲されて竟にアタラ九仭の功を一簣に欠くの失敗に終った。が、汎濫した欧化の洪・・・ 内田魯庵 「四十年前」
・・・それは、形式に囚われたのでなければ、このシンセリティを欠くものである。 小川未明 「動く絵と新しき夢幻」
・・・ 或る芸術品に対した時、其の作品から吾人は何等の優しみも、若やかな感じも与えられず、恰かも砂礫のような、乾固したものであったなら、其れは芸術品としての資格を欠くと謂い得る。芸術には『冷たな』芸術がある。たとえ冷たな芸術品でも優しみと若や・・・ 小川未明 「若き姿の文芸」
・・・ただ地図を見てではこんな空想は浮かばないから、必要欠くべからざるという功績だけはあるが……多分そんな趣旨だったね。ご高説だったが……「――君は僕の気を悪くしようと思っているのか。そう言えば君の顔は僕が毎晩夢のなかで大声をあげて追払うえび・・・ 梶井基次郎 「海 断片」
・・・額に紅の星戴けるが現われて、言葉なく打ち招くままに誘われて丘にのぼれば、乙女は寄りそいて私語くよう、君は恋を望みたもうか、はた自由を願いたもうかと問うに、自由の血は恋、恋の翼は自由なれば、われその一を欠く事を願わずと答う、乙女ほほえみつ、さ・・・ 国木田独歩 「星」
出典:青空文庫