・・・今考えても莫迦莫迦しい次第さ。しかしそれも僕の発議じゃない。あんまり和田が乗りたがるから、おつき合いにちょいと乗って見たんだ。――だがあいつは楽じゃないぜ。野口のような胃弱は乗らないが好い。」「子供じゃあるまいし。木馬になんぞ乗るやつが・・・ 芥川竜之介 「一夕話」
・・・自体何をすればいいのか、それさえ見きわめがついていないような次第です。ひょっとすると生涯こうして考えているばかりで暮らすのかもしれないんですが、とにかく嘘をしなければ生きて行けないような世の中が無我無性にいやなんです。ちょっと待ってください・・・ 有島武郎 「親子」
・・・という番頭の声に連れて、足も裾も巴に入乱るるかのごとく、廊下を彼方へ、隔ってまた跫音、次第に跫音。この汐に、そこら中の人声を浚えて退いて、果は遥な戸外二階の突外れの角あたりと覚しかった、三味線の音がハタと留んだ。 聞澄して、里見夫人、裳・・・ 泉鏡花 「伊勢之巻」
・・・真に茶を楽む人の少ないは実に残念でならぬ、上流社会腐敗の声は、何時になったらば消えるであろうか、金銭を弄び下等の淫楽に耽るの外、被服頭髪の流行等極めて浅薄なる娯楽に目も又足らざるの観あるは、誠に嘆しき次第である、それに換うるにこれを以てせば・・・ 伊藤左千夫 「茶の湯の手帳」
・・・れの椅子や腰掛、ブリキの湯沸し、セメント樽、煉瓦石、材木の端片、ビールの空壜、蜜柑の皮、紙屑、縄切れ、泥草履と、塵溜を顛覆返したように散乱ってる中を煤けた顔をした異形な扮装の店員が往ったり来たりして、次第々々に薄れ行く夕暮となった。――・・・ 内田魯庵 「灰燼十万巻」
・・・ 然しそれも教師の心得次第では全く出来ぬ事ではない。ここにして思えば昔の漢学塾など云うものは感化力が偉大であったわけだ。教うる人が人格者である許りでなく、一人一人の生徒を自分の前に置き、熱心に精神的教育を施したために偉大なる感化を与うる・・・ 小川未明 「人間性の深奥に立って」
・・・「どうと言って、別にこうと決った考えがあるのでもないから、つまり阿母さん次第さ。もっともあの娘の始めの口振りじゃ、何でも勤人のところへ行きたい様子で、どうも船乗りではと、進まないらしいようだったがね、私がだんだん詳しい話をして、並みの船・・・ 小栗風葉 「深川女房」
・・・、間もなく帰郷して例の関係事業に努力を傾注したのでしたが、慣れぬ商法の失敗がちで、つい情にひかされやすい私の性格から、ついにある犯罪を構成するような結果に立到り、表記の未決監に囚われの身となりおります次第、真に面目次第もありません。 昨・・・ 葛西善蔵 「父の出郷」
・・・二十日ばかり心臓を冷やしている間、仕方が無い程気分の悪い日と、また少し気分のよい日もあって、それが次第に楽になり、もう冷やす必要も無いと言うまでになりました。そして、時には手紙の三四通も書く事があり、又肩の凝らぬ読物もして居りました。 ・・・ 梶井久 「臨終まで」
・・・そしてそれをいつまで持ち耐えなければならないかということはまったく猫次第であり、いつ起きるかしれない母親次第だと思うと、どうしてもそんな馬鹿馬鹿しい辛抱はしきれない気がするのだった。しかし母親を起こすことを考えると、こんな感情を抑えておそら・・・ 梶井基次郎 「のんきな患者」
出典:青空文庫