・・・これが本葬で、香奠は孰にしても公に下るのが十五円と、恁云う規則なんでござえんして…… それで、『大瀬、お前は晴二郎の死骸を、此まま引取って行くか、それとも此方で本葬をして骨にして持って行くか、孰でも其方の都合にするが可い』と、まあ恁う仰・・・ 徳田秋声 「躯」
・・・それより三年の後平出鏗二郎氏が『東京風俗志』三巻を著した時にも著者は向嶋桜花の状を叙して下の如く言っている。「桜は向嶋最も盛なり。中略三囲の鳥居前より牛ノ御前長命寺の辺までいと盛りに白鬚梅若の辺まで咲きに咲きたり。側は漂渺たる隅田の川水青う・・・ 永井荷風 「向嶋」
・・・二時夕貌の花しらじらと咲めぐる賤が伏屋に馬洗ひをり松戸にて口よりいづるままにふくろふの糊すりおけと呼ぶ声に衣ときはなち妹は夜ふかすこぼれ糸さでにつくりて魚とると二郎太郎三郎川に日くらす行路・・・ 正岡子規 「曙覧の歌」
・・・ そこで土曜日に私は藤原慶次郎にその話をしました。そして誰にもその場所をはなさないなら一緒に行こうと相談しました。すると慶次郎はまるでよろこんで言いました。「楢渡なら方向はちゃんとわかっているよ。あすこでしばらく木炭を焼いていたのだ・・・ 宮沢賢治 「谷」
「煙山にエレッキのやなぎの木があるよ。」 藤原慶次郎がだしぬけに私に云いました。私たちがみんな教室に入って、机に座り、先生はまだ教員室に寄っている間でした。尋常四年の二学期のはじめ頃だったと思います。「エレキの楊の木・・・ 宮沢賢治 「鳥をとるやなぎ」
・・・小さい女の子は気味わるそうに、舞台からすこし遠のいて、しかし眼はまばたきをするのを忘れて、熊谷次郎が馬にのって、奈落からせり上って来る光景を見まもった。せり上って来る熊谷次郎の髪も菊の花でできた鐙も馬もいちように小刻みに震動しながら、陰気な・・・ 宮本百合子 「菊人形」
・・・大同書院という本屋から瀧川政次郎著『法律からみた支那国民性』というのが出ましたが御覧になるでしょうか。御返事下さい。 私は注射をやめました。やめ時らしくて先生から言い出されたから。何となしのんびりです。セザンヌの伝記を読んでもらい始めま・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・ 殉死を願って許された十八人は寺本八左衛門直次、大塚喜兵衛種次、内藤長十郎元続、太田小十郎正信、原田十次郎之直、宗像加兵衛景定、同吉太夫景好、橋谷市蔵重次、井原十三郎吉正、田中意徳、本庄喜助重正、伊藤太左衛門方高、右田因幡統安、野田喜兵・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・そこで信康は岡崎二郎三郎と名のることになった。この岡崎殿が十八歳ばかりの時、主人より年の二つほど若い小姓に佐橋甚五郎というものがあった。口に出して言いつけられぬうちに、何の用事でも果たすような、敏捷な若者で、武芸は同じ年頃の同輩に、傍へ寄り・・・ 森鴎外 「佐橋甚五郎」
・・・ この書の成るに当たって、永い間本を借してくだすった井上先生、大塚先生、小山内薫氏、本を送ってくだすった原太三郎氏、及び本の捜索に力を借してくだすった阿部次郎氏、岩波茂雄氏に厚くお礼を申し上げる。 大正四年八月鵠沼にて・・・ 和辻哲郎 「「ゼエレン・キェルケゴオル」序」
出典:青空文庫