・・・されど童らはもはやこの火に還ることをせず、ただ喜ばしげに手を拍ち、高く歓声を放ちて、いっせいに砂山の麓なる家路のほうへ馳せ下りけり。 今は海暮れ浜も暮れぬ。冬の淋しき夜となりぬ。この淋しき逗子の浜に、主なき火はさびしく燃えつ。 たち・・・ 国木田独歩 「たき火」
・・・男爵は、歓声に似た叫びをあげた。「君は、君は、はっきりそう思うか。」「僕だけでは、ございません。自己の中に、アルプスの嶮にまさる難所があって、それを征服するのに懸命です。僕たちは、それを為しとげた人を個人英雄という言葉で呼んで、ナポレオ・・・ 太宰治 「花燭」
・・・ことごとく打ちたがやされて畑になってはいるが、この主人、ただの興覚めの実利主義者とかいうものとは事ちがい、畑のぐるりに四季の草花や樹の花を品よく咲かせ、庭の隅の鶏舎の白色レグホンが、卵を産む度に家中に歓声が挙り、書きたてたらきりの無いほど、・・・ 太宰治 「家庭の幸福」
・・・んもお客に見せず、またおからだも、たしかに悪くしていらっしゃるらしいのに、お客が来ると、すぐお床からはね起き、素早く身なりをととのえて、小走りに走って玄関に出て、たちまち、泣くような笑うような不思議な歓声を挙げてお客を迎えるのでした。 ・・・ 太宰治 「饗応夫人」
・・・うえをのろのろ這って歩いて、先刻マダムの投げ捨てたどっさり金銀かなめのもの、にやにや薄笑いしながら拾い集めて居る十八歳、寅の年生れの美丈夫、ふとマダムの顔を盗み見て、ものの美事の唐辛子、少年、わあっと歓声、やあ、マダムの鼻は豚のちんちん。・・・ 太宰治 「創生記」
・・・ どっと群衆の間に、歓声が起った。「万歳、王様万歳。」 ひとりの少女が、緋のマントをメロスに捧げた。メロスは、まごついた。佳き友は、気をきかせて教えてやった。「メロス、君は、まっぱだかじゃないか。早くそのマントを着るがいい。・・・ 太宰治 「走れメロス」
・・・思わず歓声を挙げて、しかもその透きとおるような柔い脚を確実に指さしてしまった。令嬢は、そんなにも驚かぬ。少し笑いながら裾をおろした。これは日課の、朝の散歩なのかも知れない。佐野君は、自分の、指さした右手の処置に、少し困った。初対面の令嬢の脚・・・ 太宰治 「令嬢アユ」
・・・惣助は、やあ、と突拍子もない歓声をあげた。それからすぐ、これはかるはずみなことをしたと気づいたらしく一旦ほどきかけた両手をまた頭のうしろに組み合せてしかめつらをして見せた。お前は子供だからそう簡単に考えるけれども、大人はそうは考えない。直訴・・・ 太宰治 「ロマネスク」
・・・すると、また隅々からわあっという歓声とも怒号とも分らぬ声が聞こえた。 和服を着た肥った老人が登壇した。何か書類のようなものを鷲握みにして読みはじめたと思ったらすぐ終った。右報告、と捨てぜりふのように、さも苦々しく言い切って壇を下りると、・・・ 寺田寅彦 「議会の印象」
・・・ 新築の市役所の前に青年団と見える一隊が整列して、誰かが訓示でもしているらしかったが、やがて一同わあっと歓声を揚げてトラックに乗込み風のごとくどこかへ行ってしまった。 三島の青年団によって喚び起された自分の今日の地震気分は、この静岡・・・ 寺田寅彦 「静岡地震被害見学記」
出典:青空文庫