・・・往復の船中の恋愛、帰ってきたぼくは歓迎会ずくめの有頂天さのあまり、多少神経衰弱だったのです。ぼくが帰国したとき、前年義姉を失った兄は、家に帰り、コンムニュスト、党資金局の一員でした。あにを熱愛していたぼくは、マルキシズムの理論的影響失せなか・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・私のけさ持参した古い雨傘が、クラスの大歓迎を受けて、皆さん騒ぎたてるものだから、とうとう伊藤先生にもわかってしまって、その雨傘持って、校庭の隅の薔薇の傍に立っているよう、言いつけられた。先生は、私のこんな姿を画いて、こんど展覧会に出すのだそ・・・ 太宰治 「女生徒」
・・・しかしながら私は、はじめから歓迎されなかったようである。無理心中という古くさい概念を、そろそろとからだで了解しかけて来た矢先、私は手ひどくはねつけられ、そうしてそれっきりであった。相手はどこかへ消えうせたのである。 友人たちは私を呼ぶの・・・ 太宰治 「ダス・ゲマイネ」
・・・このように、虐待は繁盛のホルモン、災難は生命の醸母であるとすれば、地震も結構、台風も歓迎、戦争も悪疫も礼賛に値するのかもしれない。 日本の国土などもこの点では相当恵まれているほうかもしれない。うまいぐあいに世界的に有名なタイフーンのいつ・・・ 寺田寅彦 「災難雑考」
・・・で或る独創的で有益な記事欄を設け、これがある読者のサークルで歓迎されたような場合に、それを「大新聞」でも採用するようにと切望するものがかなりに多数あっても、大新聞では決してそれはしないという話である。これも人のうわさで事実はたしかでないが、・・・ 寺田寅彦 「ジャーナリズム雑感」
・・・しかし利平は黙って答えないが、いうまでもなく、それは今朝、留置場から放免されて帰って来た争議団員たちを、他の者たちが歓迎しているのだ 利平は驚いた。暗い処に数十日をぶち込まれた筈の彼等の、顔色の何処にそんな憂色があるか! 欣然と、恰も、・・・ 徳永直 「眼」
・・・余の作物は余の予期以上に歓迎されておる。たといある人々から種々の注文が出ても、その注文者の立場は余によくわかっておる。したがってこれらの人に対して不平はなおさらない。だから余の云う事は自己の作物のためでない事は明かである。余はただ吾邦未来の・・・ 夏目漱石 「作物の批評」
・・・そう云う高尚ではあるが偏狭な意味で人のためにするというのではなく、天然の事実そのものを引きくるめて何でもかでも人に歓迎されるという意味の「ためにする」仕事を指したのであります。 そこで職業上における己のため人のためと云う事は以上のように・・・ 夏目漱石 「道楽と職業」
・・・来訪客と話すことも、昔のように苦しくなく、時に却って歓迎するほどでさえもある。ニイチェは読書を「休息」だと云ったが、今の僕にとって、交際はたしかに一つの「休息」である。人と話をして居る間だけは、何も考えずに、愉快で居られるからである。 ・・・ 萩原朔太郎 「僕の孤独癖について」
・・・ ここでは一切がお前を歓迎しているんだ。喜べこの上もない音楽の諧調――飢に泣く赤ん坊の声、砕ける肉の響き、流れる血潮のどよめき。 この上もない絵画の色――山の屍、川の血、砕けたる骨の浜辺。 彫塑の妙――生への執着の数万の、デッド、マ・・・ 葉山嘉樹 「牢獄の半日」
出典:青空文庫