・・・しかし直射光線には偏頗があり、一つの物象の色をその周囲の色との正しい階調から破ってしまうのである。そればかりではない。全反射がある。日蔭は日表との対照で闇のようになってしまう。なんという雑多な溷濁だろう。そしてすべてそうしたことが日の当った・・・ 梶井基次郎 「冬の蠅」
・・・色の浅黒い、輪郭の正しい立派な男、酒を飲めば必ず歌う、飲まざるもまた歌いながら働くという至極元気のよい男であった。いつも楽しそうに見えるばかりか、心ばせも至って正しいので、孤児には珍しいと叔父をはじめ土地の者みんなに、感心せられていたのであ・・・ 国木田独歩 「少年の悲哀」
・・・それどころか自分の社会革新の思想の正しい所以を合理的に根拠づけんとするやみがたい要求から自ら倫理学を発表さえもしている。アナーキストとして有名なクロポトキンには著書『倫理学』があり、マルクス主義運動家時代のカウツキーにさえ『倫理学と唯物史観・・・ 倉田百三 「学生と教養」
・・・そういうものを持ちながらも正しい生活に達しようとして努力する生活をいうのである。一、よく自然と人生を観察すること。芸術は結局人生の相に対する愛から生まれる。よく気をつけて人生を観ることが一番である。そうすればちょっとした・・・ 倉田百三 「芸術上の心得」
・・・三番手、いずれ結構上じょうじょうの物は少い世の中に、一ト眼見損えば痛手を負わねばならぬ瀬に立って、いろいろさまざまあらゆる骨董相応の値ぶみを間違わず付けて、そして何がしかの口銭を得ようとするのが商売の正しい心掛である。どうして油断も隙もなり・・・ 幸田露伴 「骨董」
・・・種善院様も非常に厳格な方で、而も非常に潔癖な方で、一生膝も崩さなかったというような行儀正しい方であったそうですが、観行院様もまた其通りの方であったので、家の様子が変って人少なになって居るに関わらず、種善院様の時代のように万事を遣って往こうと・・・ 幸田露伴 「少年時代」
・・・「息子が正しい理窟から死んでも自分の仕事をやめないと分ったら、親がその仕事の邪魔をするのが間違で――どうしてもやらせたくなかったら、殺せばいゝんでね。」そんな風に何時でも云っていた。それに生来のガラ/\が手伝っていたわけである。山崎のお母さ・・・ 小林多喜二 「母たち」
・・・要するに私は、話をして落ちつかない気持を起させる女は、みだら、とは言えないまでも、多少のお色気のある女として感服せず、そうして、平気で話合える女を、心の正しい人として尊敬していました。 ところで、その圭吾の嫁は、ほかのひとにはどうかわか・・・ 太宰治 「嘘」
・・・「いっそ発狂しちゃったら、気が楽だ。」 と言いました。「あたしも、そうよ。」「正しいひとは、苦しい筈が無い。つくづく僕は感心する事があるんだ。どうして、君たちは、そんなにまじめで、まっとうなんだろうね。世の中を立派に生きとお・・・ 太宰治 「おさん」
・・・ この家を訪問してから、『田舎教師』における私の計画は、やや秩序正しい形を取って来た。日記に書いてあることがすべてはっきりと私の眼に映って見えた。で、さらに行田から弥勒に行く道、かれの毎日通った路を歩いてみることにした。 私はいろい・・・ 田山花袋 「『田舎教師』について」
出典:青空文庫