・・・それはかなり正直な、明快な、挨拶ぶりであった。「……いったいに笹川君の書くものは、これまでのところではあまり人気のある方では、なかったようです。それで、今度の笹川君の労作にかかる長編の出版されるについては、私たち友人としては、なるべく多・・・ 葛西善蔵 「遁走」
・・・そうした単純に正直な児がどこかにいるような気がしていた。彼にはそんなことが思われた。 それらはなにかその頃の憧憬の対象でもあった。単純で、平明で、健康な世界。――今その世界が彼の前にある。思いもかけず、こんな田舎の緑樹の蔭に、その世界は・・・ 梶井基次郎 「城のある町にて」
・・・僕は母に交って此方に来て、母は今、横浜の宅に居ますが、里子は両方を交る/″\介抱して、二人の不幸をば一人で正直に解釈し、たゞ/\怨霊の業とのみ信じて、二人の胸の中の真の苦悩を全然知らないのです。 僕は酒を飲むことを里子からも医師からも禁・・・ 国木田独歩 「運命論者」
・・・利己主義には深い根拠があり合理的に、正直に思索するときには誰しも一応は利己主義に帰著するくらいのものである。むしろここから反転して利他主義に飛躍するのが道筋ともいえる。リップスの感情移入の説はそのよき弾機であろう。他人の顔にある表情があらわ・・・ 倉田百三 「学生と教養」
・・・これなどまだ小心で正直な方だが口先のうまい奴は、これまでの取りつけの米屋に従来儲けさしているんだからということを笠にきて外米入らずを持って来させる。問屋と取引のある或る宿屋では内地米三十俵も積重ねる。それを売って呉れぬかというと、これはお客・・・ 黒島伝治 「外米と農民」
・・・すると、正直に先生に其の旨をいって御尋ねする、それなら何を読んだら宜敷かろうと、学力相応に書物を指定して下さるといったような事で誰しも勉強したものです。 そういう訳で銘々勝手な本を読みますから、先生は随分うるさいのですが、其の代り銘々が・・・ 幸田露伴 「学生時代」
・・・ と御酒機嫌とは云いながら余程御贔屓と見えまして、黄金を一枚出された時に、七兵衞は正直な人ゆえ、これを貰えば嘸家内が悦ぶだろうと思い、押戴いて懐へ突っ込んで玄関へ飛出しました。殿「あれ/\七兵衞が何処かへ往くぞ、誰か見てやれ」 ・・・ 著:三遊亭円朝 校訂:鈴木行三 「梅若七兵衞」
・・・私はまた、二人の子供の性質の相違をも考えるようになった。正直で、根気よくて、目をパチクリさせるような癖のあるところまで、なんとなく太郎は義理ある祖父さんに似てきた。それに比べると次郎は、私の甥を思い出させるような人なつこいところと気象の鋭さ・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・世間にはこの目標を目障りだと言って見まいとするものもあるが、自分にはどうしても見えると言う方が正直としか思われない。従って今のところ、もし私の知識で人生の理想標榜というようなものを立てよというなら、まずさしあたりこれを持って来る。人生の理想・・・ 島村抱月 「序に代えて人生観上の自然主義を論ず」
・・・ウイリイは正直に、まだいくまいもございますと言って、ほかのもみんな持って来てお目にかけました。 御覧になると、すべてで三十枚ありました。それがみんな同じ一人の女の顔を画いた画ばかりでした。その中で、一ばんしまいにかいたのが一ばんよく出来・・・ 鈴木三重吉 「黄金鳥」
出典:青空文庫