・・・すると私が、何だ貴様が周勃と陳平とを一緒にしたのなら己は正成と正行とを一緒にしたのだと云って互に意張り合って、さあ来いというので角力を取る、喧嘩をする。正行が鼻血を出したり、陳平が泣面をしたりするという騒ぎが毎々でした。細川はそういうことは・・・ 幸田露伴 「少年時代」
・・・ 如意輪堂の扉にあずさ弓の歌を書きのこした楠正行は、年わずかに二十二歳で戦死した。しのびの緒をたち、兜に名香を薫じた木村重成もまた、わずかに二十四歳で戦死した。彼らは各自の境遇から、天寿をたもち、もしくは病気で死ぬことすらも恥辱なりとし・・・ 幸徳秋水 「死刑の前」
・・・ 如意輪堂の扉に梓弓の歌かき残せし楠正行は、年僅に二十二歳で戦死した、忍びの緒を断ちかぶとに名香を薫ぜし木村重成も亦た僅かに二十四歳で、戦死した、彼等各自の境遇から、天寿を保ち若くば病気で死ぬることすらも、耻辱なりとして戦死を急いだ、而・・・ 幸徳秋水 「死生」
・・・ 一番自分に似合う髪をやっと見つけたと思ったら、そういうわけなので、私は悲しいし、いやだし、心持をもてあまして、それから当分はまるで桜井の駅の絵にある正行のように、白い元結いで根のところを一つくくっただけの下げ髪にしていたことがあった。・・・ 宮本百合子 「青春」
・・・ もちろん彼女は、正行の母、橘姫などが感歎すべき婦人として、小学校にいたときから屡々話されたのは覚えてい、知っている。 けれども、彼女は自分とその人々との時代を隔てている「時」をとりのけにして考えることは出来なかった。 あの時代・・・ 宮本百合子 「地は饒なり」
出典:青空文庫