・・・ちょっと近所の友人の家を訪れる時にも、かならず第一の正装をするのだ。ふところには、洗ったばかりのハンケチが、きちんと四つに畳まれてはいっている。 私は、このごろ、どうしてだか、紋服を着て歩きたくて仕様がない。 けさ、花を買って帰る途・・・ 太宰治 「新郎」
・・・ずいぶん永いこと眠り、やがて熟し切った無花果が自然にぽたりと枝から離れて落ちるように、眠り足りてぽっかり眼を醒ましましたが、枕もとには、正装し、すっかり元気を恢復した王子が笑って立って居りました。ラプンツェルは、ひどく恥ずかしく思いました。・・・ 太宰治 「ろまん燈籠」
・・・君が正装をしているのに私はこんな服でと先生が最前云われた時、正装の二字を痛み入るばかりであったが、なるほど洗い立ての白いものが手と首に着いているのが正装なら、余の方が先生よりもよほど正装であった。 余は先生に一人で淋しくはありませんかと・・・ 夏目漱石 「ケーベル先生」
・・・ 隊から来ている従卒に手伝って貰って、石田はさっそく正装に着更えて司令部へ出た。その頃は申告の為方なんぞは極まっていなかったが、廉あって上官に謁する時というので、着任の挨拶は正装ですることになっていた。 翌日も雨が降っている。鍛冶町・・・ 森鴎外 「鶏」
出典:青空文庫