・・・ 私は新聞の問題よりも、此の方に多くの注意を惹いた。而して其の後此の家に注目したが、未だこの家の主らしい男を見たことがなかった。時々家の前に七ツ八ツの青白い顔の女の児が、乳飲児を負って立っているのを見た。妻がその女の児を見ながら、『・・・ 小川未明 「ある日の午後」
・・・同理別法で櫂釣というのを仕て居る人もある、此の方が多く獲れる。鉤を用いて鰻の夜釣をして居る人もある。時節によって鱸を釣ろうというので、夕方から船宿で船を借りて、夜釣をして居る人がある。その方法は全く娯楽の目的で、従って無論多く捕れるという訳・・・ 幸田露伴 「夜の隅田川」
・・・ 僕は築地の路地裏から現在の家に琴書を移し運んでより此の方、袖の長い日本服を着たことがない。人に招かれる場合にも靴をぬいで畳の上に坐ることは出来得るかぎり避けている。物を食うにも鳥屋の二階を不便となし、カッフェーを便としている。是が理由・・・ 永井荷風 「申訳」
・・・で、自分は自分の標準に依って訳する丈けの手腕がないものと諦らめても見たが、併しそれは決して本意ではなかったので、其の後とても長く形の上には、此の方針を取っておった。 処で、出来上った結果はどうか、自分の訳文を取って見ると、いや実に読みづ・・・ 二葉亭四迷 「余が翻訳の標準」
出典:青空文庫