・・・の説明をおわると、今度は僕やラップといっしょに右側の龕の前へ歩み寄り、その龕の中の半身像にこういう説明を加え出しました。「これは我々の聖徒のひとり、――あらゆるものに反逆した聖徒ストリントベリイです。この聖徒はさんざん苦しんだあげく、ス・・・ 芥川竜之介 「河童」
・・・するとある蒸暑い午後、小説を読んでいた看護婦は突然椅子を離れると、寝台の側へ歩み寄りながら、不思議そうに彼の顔を覗きこんだ。「あら、お目覚になっていらっしゃるんですか?」「どうして?」「だって今お母さんって仰有ったじゃありません・・・ 芥川竜之介 「少年」
・・・彼等は僕の顔を見ると、僕の前に歩み寄り、口々に僕へ話しかけた。「大火事でしたわね」「僕もやっと逃げて来たの」 僕はこの年をとった女に何か見覚えのあるように感じた。のみならず彼女と話していることに或愉快な興奮を感じた。そこへ汽車は・・・ 芥川竜之介 「歯車」
・・・ずかずかと歩み寄りて何者ぞと声かけ、燈をかかげてこなたの顔を照らしぬ。丸き目、深き皺、太き鼻、逞ましき舟子なり。「源叔父ならずや」、巡査は呆れし様なり。「さなり」、嗄れし声にて答う。「夜更けて何者をか捜す」「紀州を見たまわざ・・・ 国木田独歩 「源おじ」
・・・ 佐伯は、すぐに笑いを鎮めて、熊本君のほうに歩み寄り、「読書かね?」と、からかうような口調で言い熊本君の傍にある机の、下を手さぐりして、一冊の文庫本を拾い上げた。机の上には、大形の何やら横文字の洋書が、ひろげられていたのであるが、佐・・・ 太宰治 「乞食学生」
・・・立ちあがって、つかつか太宰のほうへ歩み寄り、「ばけもの!」 太宰は右の頬を殴られた。平手で音高く殴られた。太宰は瞬間まったくの小児のような泣きべそを掻いたが、すぐ、どす黒い唇を引きしめて、傲然と頭をもたげた。私はふっと、太宰の顔を好きに・・・ 太宰治 「ダス・ゲマイネ」
出典:青空文庫