・・・ 6 仰向けになった水夫の死に顔。突然その鼻の穴から尻っ尾の長い猿が一匹、顋の上に這い出して来る。が、あたりを見まわしたと思うと忽ち又鼻の穴の中へはいってしまう。 7 上から斜めに見おろした海面。急に・・・ 芥川竜之介 「誘惑」
・・・そうして青島、おまえひとつこの石膏面に絵の具を塗ってドモ又の死に顔らしくしてくれ。それから沢本と瀬古とは部屋を片づけて……ただし画室らしく片づけろよ。芸術家の尊厳を失うほどきちんと片づけちゃだめだよ。美的にそこいらを散らかすのを忘れちゃいか・・・ 有島武郎 「ドモ又の死」
・・・奈々子は死に顔美しく真に眠ってるようである。線香を立てて死人扱いをするのがかあいそうでならないけれど、線香を立てないのも無情のように思われて、線香は立てた。それでも燈明を上げたらという親戚の助言は聞かなかった。まだこの世の人でないとはどうし・・・ 伊藤左千夫 「奈々子」
・・・ 彼の死に顔は、安らかに見えた。そして、こう云ってるように見えた。「もう、どんな者にも搾られはしない」 これ以上搾取されることが厭になった、と云う訳でもあるまいが、安田の死体が、未だ海の中へ辷り込まない、その夜、一人のセイラ・・・ 葉山嘉樹 「労働者の居ない船」
出典:青空文庫