・・・野原の涯には残月が一痕、ちょうど暗い丘のかげに沈もうとしているところだった。金将軍はふと桂月香の妊娠していることを思い出した。倭将の子は毒蛇も同じことである。今のうちに殺さなければ、どう云う大害を醸すかも知れない。こう考えた金将軍は三十年前・・・ 芥川竜之介 「金将軍」
・・・ 大空の色と残月の光とで今日の天気がわかる。風の清いこと寒いこと、月の光の遠いこと空の色の高いこと! 僕はきっと今日は鹿が獲れると思った。『徳さん徳さん今井の叔父さんを起こしてくれ』とたれか家内で呼ぶから僕は帰って見ると、みんな出発・・・ 国木田独歩 「鹿狩り」
・・・一番の汽車が開路開路のかけ声とともに、鞍山站に向かって発車したころは、その残月が薄く白けて淋しく空にかかっていた。 しばらくして砲声が盛んに聞こえ出した。九月一日の遼陽攻撃は始まった。・・・ 田山花袋 「一兵卒」
出典:青空文庫