・・・東京にあるものは、根柢の浅い外来の文化と、たかだか三百年来の江戸趣味の残滓に過ぎない。大体われ/\の文学が軽佻で薄っぺらなのは一に東京を中心とし、東京以外に文壇なしと云う先入主から、あらゆる文学青年が東京に於ける一流の作家や文学雑誌の模倣を・・・ 織田作之助 「東京文壇に与う」
・・・これらは多くの場合直ちに訂正されるからできあがったものには痕跡を現わさないはずであるが、それでも時には見のがされた残滓らしいものが古人の連句にもしばしば見いだされる。たとえば前掲の「ふとん」の次に「不届」「はっち」と三つのFTの結合が現われ・・・ 寺田寅彦 「連句雑俎」
・・・しかもけっして既成の疲れた宗教や、道徳の残滓を、色あせた仮面によって純真な心意の所有者たちに欺き与えんとするものではない。二 これらは新しい、よりよい世界の構成材料を提供しようとはする。けれどもそれは全く、作者に未知な絶えざる驚異に値す・・・ 宮沢賢治 「『注文の多い料理店』新刊案内」
・・・いるところでは、女の性的受動性、男に対する自主的な選択権が隷属的に考えられる習俗をもっているのであるから、新しい社会の建設者たちの努力は、運動内部においても絶えずさまざまの形で作用する、そういう過去の残滓との闘いの面にも払われなければならな・・・ 宮本百合子 「新しい一夫一婦」
・・・にして置こうとする傾向とがあるように、女性の心そのものの裡にも、何か捨て切れない過去の残滓が遺っているのではないだろうか。 奴隷制度が、制度として社会規約から除かれた事丈で、万事が無かった時の状態に属せるものだとしたら、人間の心は単純で・・・ 宮本百合子 「概念と心其もの」
・・・にと、ストライク委員会の報告が示しているという記事をよむと日本の勤労階級すべての人々は男も女も、日本の軍国主義の残滓はどこまで払拭され得るだろうかと、空おそろしい気がしないではいられない。今日、日本人民の生活をここまでボロボロにした戦争も、・・・ 宮本百合子 「正義の花の環」
・・・どしどし送りこまれること、既成の作家が、客分としてではなく日常活動において企業内サークルと結合することによってこそ、文学におけるプロレタリアートのヘゲモニー・党派性は確立され、組織内における小市民性の残滓の減少によって、左右への動揺の危険か・・・ 宮本百合子 「前進のために」
・・・日本の人民の心理にある軍国主義の残滓は、まだまだ戦争を人類的犯罪としてじかに感じるよりも、こんにちのところでは、世界の賭として見る傾向がつよい。傍観しているつもりのその賭けの、最も直接の賭けものは、日本の人民自身たちであることをそれが事実で・・・ 宮本百合子 「戦争はわたしたちからすべてを奪う」
・・・これは、ドイツの封建的残滓の上に発生した封建的独裁に抗し、近代民主主義の基本的人権を主張した運動であった。が、日本では、プロレタリア文学運動をうちこわした治安維持法への恐怖から、人民戦線運動の骨子である社会性、近代社会の民主性の主張をぬきと・・・ 宮本百合子 「誰のために」
・・・由来一つの大衆的な運動というものが、真の精鋭のみの小団結ではなく、そのものの周囲に幅広く種々雑多の人間を引きつれて、塵埃も残滓もそれぞれの時代の歴史性に従って残しつつ更に大きなプラスを持って積極的な進歩のための役割を果すものである。一人一人・・・ 宮本百合子 「ヒューマニズムへの道」
出典:青空文庫