・・・ たぶんまだ残雪の深い赤城山へ登った時であろう。西川はこごみかげんに歩きながら、急に僕にこんなことを言った。「君は両親に死なれたら、悲しいとかなんとか思うかい?」 僕はちょっと考えたのち、「悲しいと思う」と返事をした。「僕は・・・ 芥川竜之介 「追憶」
・・・やがてそれが溶け初める頃、復た先生は山歩きでもするような服装をして、人並すぐれて丈夫な脚に脚絆を当て、持病のリョウマチに侵されている左の手を懐に入れて歩いて来た。残雪の間には、崖の道まで滲み溢れた鉱泉、半ば出来た工事、冬を越しても落ちずにあ・・・ 島崎藤村 「岩石の間」
・・・食後に話しに来て色々面白いことを聞かされた。残雪がまだ消えやらず化粧柳の若芽が真紅に萌え立つ頃には宿の庭先に兎が子供を連れて遊びに来たり、山鳥が餌をあさり歩くことも珍しくないそうである。 夜中雨が降って翌朝は少し小降りにはなったがいつ止・・・ 寺田寅彦 「雨の上高地」
出典:青空文庫