・・・「まあ、のの様ではありません、母ちゃんよ。」「ううん、欲くないの、坊、のんだの、のの様のおっぱい。――お雛様のような、のの様のおっぱい。」「おや、夢を御覧だね。」 樹島は肩の震うばかり胸にこたえた。「嬢ちゃんですか。」・・・ 泉鏡花 「夫人利生記」
・・・それから少し過ぎてお児がひとり上がってきて、母ちゃん乳いというのに、また奈々子はと姉らに問えば、そこらに遊んでいるでしょう、秋ちゃんが遊びにつれていったんでしょうなどいうをとがめて、それではならない、たしかに見とどけなくてはなりませんと、妻・・・ 伊藤左千夫 「奈々子」
・・・持ってくるはずのねんねこを忘れてきたのに気がついて、「長吉や、ここに待っておいで、母ちゃんは、すぐ家へいってねんねこを持ってくるからな。どこへもいくでねえよ。」 子供は、だまって、うなずきました。 おきぬは、ゆきかけて、またもど・・・ 小川未明 「谷にうたう女」
・・・「厭あだあ、母ちゃん、お眼覚が無いじゃあ坊は厭あだあ。アハハハハ。「ツ、いい虫だっちゃあない、呆れっちまうよ。さあさあお起ッたらお起きナ、起きないと転がし出すよ。と夜具を奪りにかかる女房は、身幹の少し高過ぎると、眼の廻りの薄黒く・・・ 幸田露伴 「貧乏」
・・・「鞠ちゃんにくれるくれるッて言って、皆な母ちゃんが食って了う」と鞠子は甘えた。 この光景を笑って眺めていた高瀬は自分の方へ来た鞠子に言った。「これ、悪戯しちゃ不可よ」「馬鹿、やい」と鞠子はあべこべに父を嘲った。――これが極く・・・ 島崎藤村 「岩石の間」
・・・「母ちゃん、お風呂へ行った。」その、まだ小学校に通っているらしい男の子は、のろい口調で答えるのである。「もうすぐ、帰って来るよ。」「ああ、そうか。」私は瞬間、当惑した。「どうしましょう。」と小声で熊本君に相談した。「待っていまし・・・ 太宰治 「乞食学生」
・・・ 一太は母親が、突かかるような口調で、「今もこれが心配して、母ちゃん大丈夫って涙ぐむんでございますよ」と云っているのを聞いた。一太はそんなことを訊かなかったし、涙ぐみなんぞしなかった。それは一太が知っている。けれども、一太はもう・・・ 宮本百合子 「一太と母」
・・・「私も、おきみッ子が逃げて来てそういった時は、まさかと思いましたが、この子があなたそうっとのぞいて来て、母ちゃん、おっかねえ、本当に出刃磨いててよっていうもんだで、窓の外へ廻って見ると、ほんによ、暗い流しであっち向いてせっせ磨いでるだも・・・ 宮本百合子 「田舎風なヒューモレスク」
・・・「困ったなア、母ちゃんたら、買ってくんないんだもの!」「何ぐずぐずしぶくってるのさ、きょうぐらいはけるじゃないか! さ、いい子だから早く学校へおゆき、今度お金のあるとききっと買ってあげるから、ね。」こうして雨の中を心地わるく学校へ来た三吉と・・・ 宮本百合子 「自然描写における社会性について」
・・・と云ったら、わきにいた六つの男の子が「小母ちゃん、じゃ今夜誰とねるの?」と訊いた「五ヵ年計画」の文化建設プランの中で、ソヴェト同盟は三十四億七千六百留を、全同盟の国庫負担四ヵ年義務教育実施のために支出している。 ・・・ 宮本百合子 「砂遊場からの同志」
出典:青空文庫