・・・あれ、これと文学の敵を想定してみるのだが、考えてみると、すべてそれは、芸術を生み、成長させ、昇華させる有難い母体であった。やり切れない話である。なんの不平も言えなくなった。私は貧しい悪作家であるが、けれども、やはり第一等の道を歩きたい。つね・・・ 太宰治 「鬱屈禍」
・・・この下の子は、母体の栄養不良のために生れた時から弱く小さく、また母乳不足のためにその後の発育も思わしくなくて、ただもう生きて動いているだけという感じで、また上の五歳の女の子は、からだは割合丈夫でしたが、甲府で罹災する少し前から結膜炎を患い、・・・ 太宰治 「たずねびと」
・・・それはとにかく私はそれがために胎児や母体に何か悪い影響がありはしないかという気がしたが、しかし別にどうするでもなくそのままにうっちゃっておいた。 どんな子猫が生まれるだろうかという事が私の子供らの間にしばしば問題になっていた。いろいろな・・・ 寺田寅彦 「子猫」
・・・ 人間の生涯には、少なくも母体を離れた後にこのように顕著な肉体的の変態があるとは思われない。しかしある程度の不連続な生理的変化がある時期に起る事もよく知れ渡った事実である。蚕や蛇が外皮を脱ぎ捨てるのに相当するほど目立った外見上の変化はな・・・ 寺田寅彦 「厄年と etc.」
一 夫れ女子は男子に等しく生れて父母に養育せらるゝの約束なれば、其成長に至るまで両親の責任軽からずと知る可し。多産又は病身の母なれば乳母を雇うも母体衛生の為めに止むを得ざれども、成る可くば実母の乳を以て養う可し。母体平生の健・・・ 福沢諭吉 「新女大学」
・・・ 有産階級から出たアンネットは、その思想の母体がブルジョアであるアナーキスティックな思想に止るであろうか――これは、作家がそこに止ることを同時に意味するが――更にどの方向に進展するであろうか。私はそこを見ものと思い楽しんでいる訳です。〔・・・ 宮本百合子 「アンネット」
・・・今度私が病気したことは、この人にとっては案外なもうけもので、一緒にBや心臓の薬を注射したため、母体の条件が大変よくなってきているそうで何よりです。今は皆自信を持って安産を考えていますが、夏頃はひどくうっ血した顔をしているし、苦しがっているし・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・「モチーフとは、作品にとっては作者なる母体につながる臍の緒である」本当にそうではないだろうか。 例えば青野氏が真情をこめて「小説というものは、作家の誠実な生命と結びついたもので、その意味では容易に生み出されるものでなく」と云われる場合、・・・ 宮本百合子 「作家に語りかける言葉」
・・・女性は人類の母体であると云う理解のない女性の運命は暗うございます。 此点に於て、米国婦人の得て居る権威は、彼女等の総ての明みの起縁に成って居ると思わずには居られません。彼女等は、女性と云う性的差別、性的生活以外に、一人類としての五体をも・・・ 宮本百合子 「C先生への手紙」
・・・手の脈と一致している母体の心音よりは度数が早いからね。」 佐藤は黙って聴診してしまって、忸怩たるものがあった。「よく話して聞せて遣ってくれ給え。まあ、套管針なんぞを立てられなくて為合せだった」 こう云って置いて、花房は診察室を出・・・ 森鴎外 「カズイスチカ」
出典:青空文庫