・・・そうなると、私は馬鹿で毎日々々警察からの知らせを心待ちに待つようになりました。 スパイが時々訪ねてくると、私は一々家の中に上げて、お茶をすゝめながら、それとなしに娘のことをきくのですが、少しも分りません。――すると、八ヵ月目かにです・・・ 小林多喜二 「疵」
・・・好い風の来る夕方もすくなく、露の涼しい朝もすくなければ、暁から鳴く蝉の声、早朝からはじまるラジオ体操の掛声まで耳について、毎日三十度以上の熱した都会の空気の中では夜はあっても無いにもひとしかった。わたしは古人の隠逸を学ぶでも何でもなく、何と・・・ 島崎藤村 「秋草」
・・・ ギンはそれからは毎日気をつけて、そんなことにならないように、要心していました。 それから間もなく、ギン夫婦が名つけの祝いによばれていった赤ん坊が、ひどい病気をして死んでしまいました。 ギン夫婦はそのおとむらいにいきました。そう・・・ 鈴木三重吉 「湖水の女」
・・・ スバーは、毎日きッと三度ずつは牛小舎を訪ねました。他の人達は定っていません。其ばかりか、彼女は、いつ何時でも辛いことを聞かされさえすると、時に構わず此物を云わない友達の処に来ました。牛達は、スバーの心にある痛みを、彼女の悲しそうな静か・・・ 著:タゴールラビンドラナート 訳:宮本百合子 「唖娘スバー」
・・・ ここにひとり、わびしい男がいて、毎日毎日あなたの唄で、どんなに救われているかわからない、あなたは、それをご存じない、あなたは私を、私の仕事を、どんなに、けなげに、はげまして呉れたか、私は、しんからお礼を言いたい。そんなことを書き散らし・・・ 太宰治 「I can speak」
・・・ドリスはまた毎日ウィインへ出る。面白い話を土産に持って帰る。楽屋落の処に、特殊の興味のあるような話で、それをまた面白く可笑しく話して聞せる。 しかしポルジイにはそれが面白くなくなって来た。折角の話を半分しか聞かないことがある。自分の行き・・・ 著:ダビットヤーコプ・ユリウス 訳:森鴎外 「世界漫遊」
・・・私達は三里の道、小林君が毎日通って行ったその同じ道を静かにたどった。野には明るい日が照り、秋草が咲き、里川が静かに流れ、角のうどん屋では、かみさんがせっせとうどんを伸していた。 私は最初に、かれのつとめていた学校をたずねた。かれの宿直を・・・ 田山花袋 「『田舎教師』について」
・・・ 自分は浜辺へ出るのに、いつもこの店の前から土堤を下りて行くから熊さんとは毎日のように顔を合せる。土用の日ざしが狭い土堤いっぱいに涼しい松の影をこしらえて飽き足らず、下の蕃藷畑に這いかかろうとする処に大きな丸い捨石があって、熊さんのため・・・ 寺田寅彦 「嵐」
・・・であったが、三四年健康がすぐれないので、勤めていた会社を退いて、若い細君とともにここに静養していることは、彼らとは思いのほか疎々しくなっている私の耳にも入っていたが、今は健康も恢復して、春ごろからまた毎日大阪の方へ通勤しているのであった。彼・・・ 徳田秋声 「蒼白い月」
・・・それは殆ど毎日のよう、父には晩酌囲碁のお相手、私には其頃出来た鉄道馬車の絵なぞをかき、母には又、海老蔵や田之助の話をして、夜も更渡るまでの長尻に下女を泣かした父が役所の下役、内證で金貸をもして居る属官である。父はこの淀井を伴い、田崎が先に提・・・ 永井荷風 「狐」
出典:青空文庫