・・・鑵の凹みは、Yが特に、毎朝振り慣れた鉄唖鈴で以て、左りぎっちょの逞しい腕に力をこめて、Kの口調で云うと、「えゝ憎き奴め!」とばかり、殴りつけて寄越したのだそうであった。「……K君そりゃ本当の話かね? 何でまたそれ程にする必要があったんか・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・その島の小学児童は毎朝勢揃いして一艘の船を仕立てて港の小学校へやって来る。帰りにも待ち合わせてその船に乗って帰る。彼らは雨にも風にもめげずにやって来る。一番近い島でも十八町ある。いったいそんな島で育ったらどんなだろう。島の人というとどこか風・・・ 梶井基次郎 「海 断片」
・・・それはそんな教会が信者を作るのに躍起になっていて、毎朝そんな女が市場とか病院とか人のたくさん寄って行く場所の近くの道で網を張っていて、顔色の悪いような人物を物色しては吉田にやったのと同じような手段でなんとかして教会へ引っ張って行こうとしてい・・・ 梶井基次郎 「のんきな患者」
上 大庭真蔵という会社員は東京郊外に住んで京橋区辺の事務所に通っていたが、電車の停留所まで半里以上もあるのを、毎朝欠かさずテクテク歩いて運動にはちょうど可いと言っていた。温厚しい性質だから会社でも受が・・・ 国木田独歩 「竹の木戸」
・・・ そして、班長のサル又や襦袢の洗濯をさせられたり、銃の使い方や、機関銃や、野砲の撃ち方を習う。毎朝点呼から消燈時間まで、勤務や演習や教練で休むひまがない。物を考えるひまがない。工場や、農村に残っている同志や親爺には、工場主の賃銀の値下げ・・・ 黒島伝治 「入営する青年たちは何をなすべきか」
・・・ところが毎朝通る道筋の角に柳屋という豆腐屋がある、其処の近所に何時も何時も大きな犬が寐転んで居る。子供の折は犬が非常に嫌いでしたから、怖々に遠くの方を通ると、狗は却って其様子を怪んで、ややもすると吠えつく。余り早いので人通は少し、これには実・・・ 幸田露伴 「少年時代」
・・・前の手紙を見ると、お前はそこで毎朝六時に「冷水摩擦」をやっていると書いていたが、こっちでそんな時間に、そんなことをしたら、そのまゝ冷蔵庫に入った鮭のようにコチコチになってしまうよ。 家へ来たのは朝の五時。やっぱり妹が一番先きに眼をさまし・・・ 小林多喜二 「母たち」
・・・わたしはまだ日の出ないうちに朝顔に水をそそぐことの発育を促すに好い方法であると知って、それを毎朝の日課のようにしているうちに、そこにも可憐な秋草の成長を見た。花のさまざま、葉のさまざま、蔓のさまざまを見ても、朝顔はかなり古い草かと思う。蒸暑・・・ 島崎藤村 「秋草」
・・・ 或とき彼は、自分の顔を剃る理髪人が、「おれはあの暴君の喉へ毎朝髪剃りをあてるのだぞ。」と言って、人に威張ったという話をきき、すっかり気味をわるくしてその理髪人を死刑にしてしまいました。そして、それからというものは、もう理髪人をかか・・・ 鈴木三重吉 「デイモンとピシアス」
・・・それはどこにあるのか、家の者にも知らせていない。毎朝、九時頃、私は家の者に弁当を作らせ、それを持ってその仕事部屋に出勤する。さすがにその秘密の仕事部屋には訪れて来るひとも無いので、私の仕事もたいてい予定どおりに進行する。しかし、午後の三時頃・・・ 太宰治 「朝」
出典:青空文庫