・・・それが書く気になったのは、江口や江口の作品が僕等の仲間に比べると、一番歪んで見られているような気がしたからだ。こんな慌しい書き方をした文章でも、江口を正当に価値づける一助になれば、望外の仕合せだと思っている。・・・ 芥川竜之介 「江口渙氏の事」
・・・おぎんも――おぎんは二人に比べると、まだしもふだんと変らなかった。が、彼等は三人とも、堆い薪を踏まえたまま、同じように静かな顔をしている。 刑場のまわりにはずっと前から、大勢の見物が取り巻いている。そのまた見物の向うの空には、墓原の松が・・・ 芥川竜之介 「おぎん」
・・・それから比べると、文壇では大家ではないが、或る新聞小説家が吉原へ行っても女郎屋へ行かずに引手茶屋へ上って、十二、三の女の子を集めてお手玉をしたり毬をついたりして無邪気な遊びをして帰るを真の通人だと称揚していた。少くも緑雨は遊ぶ事は遊んでもこ・・・ 内田魯庵 「斎藤緑雨」
・・・が、二葉亭の一生はこれらの二君に比べると更に一層意味のある近代的の悶えと艱みの歴史であった。 内田魯庵 「二葉亭四迷」
・・・これに較べると上林は淋しい。宿屋が二三軒あるばかりである。山が裏手に幾重にも迫って、溪の底にも溪がある。点々としている自然、永劫の寂寥をしみ/″\味わうというなら此処に来るもいゝが、陰気と、単調に人をして愁殺するものがある。風雨のために壊さ・・・ 小川未明 「渋温泉の秋」
・・・ これに較べると、昔の和本は、生紙を使用して木版で摺られている。そして、糸で綴られていて、一見不器用だけれど、手工業時代の産物としての趣味があり、一種の芸術味が存している。中には絵などが入っていて、一層の情趣を添えるのもあって、まことに・・・ 小川未明 「書を愛して書を持たず」
・・・彼等は金儲けのためには義理人情もない云々と書き立て、――それに比べると川那子丹造鑑製の薬は……と、ごたくを並べ、甚しきは医者に鬼の如き角を生やした諷刺画まで掲載し、なお、飽き足らずに「売薬業者は嘘つきの凝結」などと、同業者にまで八つ当った…・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・それに比べると、眼鏡を掛けた作家は云々。僕は眼鏡を掛けていない。だから云々と己惚れるのである。 そしてまた思うのである。森鴎外や芥川龍之介は驚嘆すべき読書家だ、書物を読むと眼が悪くなる、電車の中や薄暗いところで読むと眼にいけない、活字の・・・ 織田作之助 「僕の読書法」
・・・と、娘も何気なく笑って二人の顔をちょっと見較べる様子しながら言った。 それが失策だった。Fは黙ってちらりと眼を私の方に向けたが、それが涙で濡れていた。どんな場合でも、涙は私の前では禁物だった。敏感な神経質な子だから、彼はどうかすると泣き・・・ 葛西善蔵 「父の出郷」
・・・然し事実全くそうで、黒田という地主の娘玉子嬢、容貌は梅子と比べると余程落ちるが、県の女学校を卒業してちょうど帰郷ったばかりのところを、友人某の奔走で遂に大津と結婚することに決定たのである。妙なものでこう決定ると、サアこれからは長谷川と高山の・・・ 国木田独歩 「富岡先生」
出典:青空文庫