・・・そもそも、日本人だと思うのが間違いなんだ。毛唐の役者でね。何でも半道だと云うんだから、笑わせる。 その癖、お徳はその男の名前も知らなければ、居所も知らない。それ所か、国籍さえわからないんだ。女房持か、独り者か――そんな事は勿論、尋くだけ・・・ 芥川竜之介 「片恋」
・・・ それが、日本の兵卒達に、如何にも、毛唐の臭いだと思わせた。 子供達は、そこから、琺瑯引きの洗面器を抱えて毎日やって来た。ある時は、老人や婆さんがやって来た。ある時は娘がやって来た。 吉永は、一中隊から来ていた。松木と武石とは二・・・ 黒島伝治 「渦巻ける烏の群」
・・・そこには、獣油や、南京袋の臭いのような毛唐の体臭が残っていた。栗本は、強く、扉を突きのけて這入って行った。「やっぱし、まっさきに露助を突っからかしただけあるよ。」 うしろの方で誰れかが囁いた。栗本は自分が銃剣でロシア人を突きさしたこ・・・ 黒島伝治 「パルチザン・ウォルコフ」
・・・先日も、毛唐がどんなに威張っても、この鰹の塩辛ばかりは嘗める事が出来まい、けれども僕なら、どんな洋食だって食べてみせる、と妙な自慢をして居られた。 主人の変な呟きの相手にはならず、さっさと起きて雨戸をあける。いいお天気。けれども寒さは、・・・ 太宰治 「十二月八日」
・・・東夷南蛮の類であり、毛唐人の仲間である。この「ヤナ」が「野蛮」に通じまた「野暮な」に通ずるところに妙味がないとは言われない。 またこの「毛唐」がギリシアの「海の化けもの」ktos に通じ、「けだもの」、「気疎い」にも縁がなくはない。・・・ 寺田寅彦 「言葉の不思議」
・・・ このように、これ以上惨酷にはあり得ないと思うほど惨酷な目で日本の文化をながめたときでさえ、ともかくも目立って見える日本固有の詩形の中でも特に俳諧連句という独自なものの存在する事をこれらの毛唐人どもが知っていたかどうか、たとえそういう詩・・・ 寺田寅彦 「連句雑俎」
出典:青空文庫