・・・その上常子に見られぬように脚の先を毛布に隠してしまうのはいつも容易ならぬ冒険である。常子は昨夜寝る前に『あなたはほんとうに寒がりね。腰へも毛皮を巻いていらっしゃるの?』と言った。ことによると俺の馬の脚も露見する時が来たのかも知れない。……」・・・ 芥川竜之介 「馬の脚」
・・・そのうちに足もくたびれてくれば、腹もだんだん減りはじめる、――おまけに霧にぬれ透った登山服や毛布なども並みたいていの重さではありません。僕はとうとう我を折りましたから、岩にせかれている水の音をたよりに梓川の谷へ下りることにしました。 僕・・・ 芥川竜之介 「河童」
・・・、上の社の森の中で狐が鳴こうという場所柄の、さびれさ加減思うべしで、建廻した茶屋休息所、その節は、ビール聞し召せ枝豆も候だのが、ただ葦簀の屋根と柱のみ、破の見える床の上へ、二ひら三ひら、申訳だけの緋の毛布を敷いてある。その掛茶屋は、松と薄で・・・ 泉鏡花 「政談十二社」
・・・ 黒い毛氈の上に、明石、珊瑚、トンボの青玉が、こつこつと寂びた色で、古い物語を偲ばすもあれば、青毛布の上に、指環、鎖、襟飾、燦爛と光を放つ合成金の、新時代を語るもあり。……また合成銀と称えるのを、大阪で発明して銀煙草を並べて売る。「・・・ 泉鏡花 「露肆」
・・・更紗の掻巻を撥ねて、毛布をかけた敷布団の上に胡座を掻いたのは主の新造で、年は三十前後、キリリとした目鼻立ちの、どこかイナセには出来ていても、真青な色をして、少し腫みのある顔を悲しそうに蹙めながら、そっと腰の周囲をさすっているところは男前も何・・・ 小栗風葉 「深川女房」
・・・「そう言われるだろうと思って、大阪駅の浮浪者に、毛布だとか米だとかパンだとか、相当くれてやって来たんですよ」「ほう、そいつは殊勝だ」「もっとも市電がなかったので、背中の荷を軽くしなければ焼跡を歩いて帰れませんからね」「そんな・・・ 織田作之助 「昨日・今日・明日」
・・・良い思案も泛ばず、その夜は大阪駅で明かすことにしたが、背負っていた毛布をおろしてくるまっていても、夏服ではガタガタ顫えて、眼が冴えるばかりだった。駅の東出口の前で焚火をしているので、せめてそれに当りながら夜を明かそうと寄って行くと、無料では・・・ 織田作之助 「世相」
・・・ Kは毛布を敷いて、空気枕の上に執筆に疲れた頭をやすめているか、でないとひとりでトランプを切って占いごとをしている。「この暑いのに……」 Kは斯う警戒する風もなく、笑顔を見せて迎えて呉れると、彼は初めてほっとした安心した気持にな・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・ やれやれ眠って呉れた、と二昼夜眠らなかった私は今夜こそ一寸でも眠らねばならぬと考えて、毛布にくるまり病人の隣へ横になりましたがちっとも眠れません。ふと私は、一度脈をはかってやろうと思って病人の手を取ってみましたが、脈は何処に打って居る・・・ 梶井久 「臨終まで」
・・・二人は木村の、色のさめた赤毛布を頭からかぶって、肩と肩を寄り合って出かけました。おりおり立ち止まっては毛布から雪を払いながら歩みます、私はその以前にもキリスト教の会堂に入ったことがあるかも知れませんが、この夜の事ほどよく心に残っていることは・・・ 国木田独歩 「あの時分」
出典:青空文庫