・・・薄明りの中にも毛色の見える栗毛の馬の脚を露している。「あなた!」 常子はこの馬の脚に名状の出来ぬ嫌悪を感じた。しかし今を逸したが最後、二度と夫に会われぬことを感じた。夫はやはり悲しそうに彼女の顔を眺めている。常子はもう一度夫の胸へ彼・・・ 芥川竜之介 「馬の脚」
・・・何にも知らない不束なものですから、余所の女中に虐められたり、毛色の変った見世物だと、邸町の犬に吠えられましたら、せめて、貴女方が御贔屓に、私を庇って下さいな、後生ですわ、ええ。その 私どうしたら可いでしょう――こんなもの、掃溜へ打棄って・・・ 泉鏡花 「錦染滝白糸」
・・・ それは、夕暮れ方の太陽の光に照らされて、いっそう鮮かに赤い毛色の見える、赤い鳥でありました。「さあ、このように赤い鳥が飛んでまいりました。」と、子供はいいました。「あんな遠くでは、赤い鳥だかなんだかわからない。もっと近く、あの・・・ 小川未明 「あほう鳥の鳴く日」
・・・しかるに、あるとき、遠い南の方から渡ってきたという、赤と緑と青の毛色をした、珍しい鳥を献上したものがありました。 お姫さまは、この鳥が、たいそう気にいられました。そして、自分の居間に、かごにいれて懸けておかれました。小鳥は、じきにお姫さ・・・ 小川未明 「お姫さまと乞食の女」
・・・店先へ来ている間も死んだ犬と同じ毛色の犬がとおりかかると、いそいでとび出して、じろじろ見ていますが、間ちがったとわかると、さもがっかりしたように、しおしおとひきかえして来ます。 犬はその後、だんだんにやせて元気がなくなって来ました。出て・・・ 鈴木三重吉 「やどなし犬」
・・・目色、毛色が違うという事が、之程までに敵愾心を起させるものか。滅茶苦茶に、ぶん殴りたい。支那を相手の時とは、まるで気持がちがうのだ。本当に、此の親しい美しい日本の土を、けだものみたいに無神経なアメリカの兵隊どもが、のそのそ歩き廻るなど、考え・・・ 太宰治 「十二月八日」
・・・それら記録の中で毛色の変わったのを若干拾いだした記事が机上の小冊子の中で見つかったから紹介する。 シカゴ市のある男は七十九秒間に生玉子を四十個まるのみしてレコードを取ったが、さっそく医者のやっかいになったとある。ずっと昔、たしか南米で生・・・ 寺田寅彦 「記録狂時代」
・・・今の日本では毛色の変わったいろいろの環境と物とが入り乱れて、何が固有であるか見当がつかない状態にあることは、ちょうどここの盆踊りのようなものである。これが時の精錬器械にかかって渾然とした一つの固有文化を形成するまでには何百年待たなければなら・・・ 寺田寅彦 「沓掛より」
・・・平生はつやつやしい毛色が妙に薄ぎたなくよごれて、顔もいつとなく目立ってやせて、目つきが険しくなって来た。そして食欲も著しく減退した。 うちの三毛が変などろぼう猫と隣の屋根でけんかをしていたというような報告を子供の口から聞かされる事もあっ・・・ 寺田寅彦 「子猫」
・・・従来だれもあまり問題にしなかったような題目をつかまえ、あるいは従来行なわれなかった毛色の変わった研究方法を遂行しようとするものは、たいていだれからも相手にされないか、陰であるいはまともにばかにされるか、あるいは正面の壇上からしかられるにきま・・・ 寺田寅彦 「時事雑感」
出典:青空文庫