・・・「こんなに沢山頂いては、反って御気の毒ですね。――そうして一体又あなたは、何を占ってくれろとおっしゃるんです?」「私が見て貰いたいのは、――」 亜米利加人は煙草を啣えたなり、狡猾そうな微笑を浮べました。「一体日米戦争はいつあ・・・ 芥川竜之介 「アグニの神」
・・・何処までも謹恪で細心な、そのくせ商売人らしい打算に疎い父の性格が、あまりに痛々しく生粋の商人の前にさらけ出されようとするのが剣呑にも気の毒にも思われた。 しかし父はその持ち前の熱心と粘り気とを武器にしてひた押しに押して行った。さすがに商・・・ 有島武郎 「親子」
・・・「お気の毒様。」二「何だ、もう帰ったのか。」「ええ、」「だってお気の毒様だと云うじゃないか。」「ほんとに性急でいらっしゃるよ。誰も帰ったとも何とも申上げはしませんのに。いいえ、そうじゃないんですよ。お気の毒様・・・ 泉鏡花 「縁結び」
・・・識社会は、学問智識に乏しからず、何でも能く解って居るので、口巧者に趣味とか詩とか、或は理想といい美術的といい、美術生活などと、それは見事に物を言うけれど、其平生の趣味好尚如何と見ると、実に浅薄下劣寧ろ気の毒な位である、純詩的な純趣味的な、茶・・・ 伊藤左千夫 「茶の湯の手帳」
・・・けれ共どうしても目つからないと云うので霜月の十八日に殺されるときまったのでその親達をあずかった役人が可哀そうに思って「ほんとうに御気の毒な、子供のためにそんなうきめをお見になるんだもの、もうしかたがないから死ぬ時の事も覚悟して又の世をおねが・・・ 著:井原西鶴 訳:宮本百合子 「元禄時代小説第一巻「本朝二十不孝」ぬきほ(言文一致訳)」
・・・と、僕が答えるとたん、から紙が開いて、細君が熱そうなお燗を持って出て来たが、大津生れの愛嬌者だけに、「えろうお気の毒さまどすこと」と、自分は亭主に角のない皮肉をあびせかけ、銚子を僕に向けて、「まア、一杯どうどす?――うちの人は、いつ・・・ 岩野泡鳴 「戦話」
・・・と見えて、その後偶然フラリと鴎外を尋ねると、私の顔を見るなり、「イヤ失敬した、失敬した、アレは美妙が書いたんだってね、君かと思ったのでツイ失敬した、まあ勘弁してくれたまえ、」と気の毒そうにいった。鴎外は向腹を立てる事も早いが、悪いと思うと直・・・ 内田魯庵 「鴎外博士の追憶」
・・・女房はその自分の姿を見て、丁度他人を気の毒に思うように、その自分の影を気の毒に思って、声を立てて泣き出した。 きょうまで暮して来た自分の生涯は、ぱったり断ち切られてしまって、もう自分となんの関係もない、白木の板のようになって自分の背後か・・・ 著:オイレンベルクヘルベルト 訳:森鴎外 「女の決闘」
・・・ 私はこの社会に於て弱者に対して、若しくは貧窮者に対して、これを救うという場合に、単にそれを気の毒だから助けてやるとか、若しくは慈善は善なる行為であるから救うとかいうのでは、反ってその人間を堕落させるのみで、決して社会の為めになるもので・・・ 小川未明 「愛に就ての問題」
・・・ああ気の毒に! 金さんはそれじゃ船ぐるみ吹き流されるか、それとも沖中で沈んでしまって、今ごろは魚の餌食になっておいでだろうとそう思ってね、私ゃ弔供養をしないばかりでいたんだよ。本当にまあ、それでもよく無事で帰っておいでだったね」 男はこ・・・ 小栗風葉 「深川女房」
出典:青空文庫