・・・わたくしをして過去の感化を一掃することの不可能たるを悟らしめたものは、学理ではなくして、風土気候の力と過去の芸術との二ツであった。この経験については既に小説『冷笑』と『父の恩』との中に細叙してあるから、ここに贅せない。 毎年冬も十二月に・・・ 永井荷風 「西瓜」
・・・これに加るに残暑の殊に烈しかった其年の気候はわたくしをして更に奇異なる感を増さしめる原因であった。オペラは欧洲の本土に在っては風雪最凛冽なる冬季にのみ興行せられるのが例である。それ故わたくしの西洋音楽を聴いて直に想い起すものは、深夜の燈火に・・・ 永井荷風 「帝国劇場のオペラ」
・・・○くだものと気候 気候によりてくだものの種類または発達を異にするのはいうまでもない。日本の本州ばかりでいっても、南方の熱い処には蜜柑やザボンがよく出来て、北方の寒い国では林檎や梨がよく出来るという位差はある。まして台湾以南の熱帯地方では・・・ 正岡子規 「くだもの」
・・・あんなひどい旱魃が二年続いたことさえいままでの気象の統計にはなかったというくらいだもの、どんな偶然が集ったって今年まで続くなんてことはないはずだ。気候さえあたり前だったら今年は僕はきっといままでの旱魃の損害を恢復してみせる。そして来年からは・・・ 宮沢賢治 「或る農学生の日誌」
・・・八 秋 その年の農作物の収穫は、気候のせいもありましたが、十年の間にもなかったほど、よくできましたので、火山局にはあっちからもこっちからも感謝状や激励の手紙が届きました。ブドリははじめてほんとうに生きがいがあるように思いまし・・・ 宮沢賢治 「グスコーブドリの伝記」
・・・ましてこの頃の気候で倍にも倍にも美くしく思われるワ。第三の精霊はフッと首をあげて一つとこを見つめながら二人の話をきく目の中には悲しみと怒りがもえて居る。うつむきにねころんで居たのを右の手を台にして横になる、耳をすまして首が一寸かたむ・・・ 宮本百合子 「葦笛(一幕)」
・・・ まずカールが、次いでイエニーと二人の子供とがパリに赴いたが、フランス政府はマルクス一家を気候の悪いブルターニュの沼沢地方へ追放することにきめた。一八四九年八月の終りカールはついにロンドンへ渡った。カールは詩人フライリヒラートに書いてい・・・ 宮本百合子 「カール・マルクスとその夫人」
・・・彼らはまた穀類の出来不出来の評判を尋ね合っている。気候が青物には申し分ないが、小麦には少し湿っているとの事。 この時突然、店の庭先で太鼓がとどろいた、とんと物にかまわぬ人のほかは大方、跳り立って、戸口や窓のところに駆けて出た、口の中をも・・・ 著:モーパッサン ギ・ド 訳:国木田独歩 「糸くず」
・・・ ―――――――――――― 私が東京に帰ってから、桜が咲き桜が散って、気候は暖いと云う間もなく暑くなった。二階に登って向いの下宿屋を見れば、そこでも二階の戸を開け放っている。間数が多いので、F君や安国寺さんのいる部屋・・・ 森鴎外 「二人の友」
・・・しかし気候の具合で、三年に一度ぐらいは、遅速があまりなく、一時に全部の樹の紅葉がそろうこともあった。それは大体十一月三日の前後で、四、五日の間、その盛観が続いた。特に、夕日が西に傾いて、その赤い光線が樹々の紅葉を照らす時の美しさは、豪華とい・・・ 和辻哲郎 「京の四季」
出典:青空文庫