・・・一太は少し気味悪い。一太は竹の三股を担いで栗の木の下へ行った。なるほど栗がなっている。一太は一番低そうな枝を目がけ力一杯ガタガタ三股でかき廻した。弾んで、イガごと落ちて来た。ころころ一尺ばかりの傾斜を隣の庭へ転げ込みそうになる。一太は周章て・・・ 宮本百合子 「一太と母」
・・・自分たちの棲んでいる地球を天界の外から見た人はないのだから、そういう地球を七巻きまくと云えば、気味悪い脈々とした連続をも感じさせよう。 今度は幸運の手紙を貰った人が警察に届けたということもあったようである。そんな手紙を貰って、しんから薄・・・ 宮本百合子 「幸運の手紙のよりどころ」
・・・ 勿論、天気が妙に曇って居る故も有るだろうが、木の緑りが堅い様な調子を帯びて、くっきりと暗い陰を作って居る葉かげ等には、どうしても手を突き込めない様な底気味悪い冷やかさがただよって居る。 庭の真中に突立って自信のあるらしい様子をして・・・ 宮本百合子 「後庭」
・・・ 夜道がこわい、自分に声をかける人間がおそろしい、雨の降る日に、このかさに入ってらっしゃいとさそってくれる人がウス気味悪い、そういう社会の生活は、何と悲しいだろう。戦争というものは、戦争そのものが残酷なばかりでなく、その戦争によってこわ・・・ 宮本百合子 「戦争でこわされた人間性」
・・・見てくれ、折角荒々しいような執念いような、気味悪い俺の相好も、半時彼方で香の煙をかいで来ると、すっかりふやけて間のびがして仕舞った。どうだ、少しは俺らしくなったか?ヴィンダー上帝の奴、手に負えない狡猾者だ。俺達やカラは、地体ああ云ういや・・・ 宮本百合子 「対話」
・・・ 何となしノポーッとした躰やじいっとした瞳や、やたらに気味悪いほど赤い唇が信二の年と共に育って、その唇からジラジラした嫌な声が出ると千世子は自分の体がちぢまる様な気がして自分がこんな男でなくってよかったなあと思う心とやれやれと思うのが一・・・ 宮本百合子 「千世子(二)」
・・・なかにも右の手の中指のはことに目立つ位まっさおでうす気味悪いほど大きい玉をつけた指環。すぐ下手から第二第三の女と非番の老近侍が出て来る。女達二人は極く注意した歩き振りでどんな時でも少し体をうかす様につまさきで歩く。老近侍は大・・・ 宮本百合子 「胚胎(二幕四場)」
・・・ギッピウスの詩は、腐敗したロシアのブルジョア社会が放つ気味悪い燐光として閃きわたった。 現在、ソヴェト同盟の婦人作家として活動している婦人作家のなかの多くの人々は、もうこの時代に生れていた。ヴェラ・インベルはいろいろな用紙印刷人の父、小・・・ 宮本百合子 「プロレタリア婦人作家と文化活動の問題」
・・・みのえは、自分の体の中で赤いものや青いものが上になったり下になったり、銀座の夜店で売っている色紙細工の気味悪い遊び道具のように、のたくり廻るのを感じた。 油井は、喉仏から出すような声で話した。 自分が出て行く迄に油井が帰ってしまいは・・・ 宮本百合子 「未開な風景」
・・・私はどうしてもあなたの心に入らなくてならない』オオ、マア、何と云う気味悪い言葉だろう、キット、キット、あの森の女の蛇の様な心がこの美くしい詩人の心をいためて居たにちがいないんだ。おお恐ろしい、オオ気味の悪い」 身ぶるいをしながらソット詩・・・ 宮本百合子 「無題(一)」
出典:青空文庫