・・・とりで裏口からまいりまして、いきなり百円紙幣を一枚出して、いやその頃はまだ百円と言えば大金でした、いまの二、三千円にも、それ以上にも当る大金でした、それを無理矢理、私の手に握らせて、たのむ、と言って、気弱そうに笑うのです。もう既に、だいぶ召・・・ 太宰治 「ヴィヨンの妻」
・・・こら、笑ってみろ、と私が言ったら、あなたは、鬚もじゃの顔を赤くして、但馬の奴が、うるさく言うんだ、と珍しく気弱い口調で弁解なさいました。個展は、私が淀橋へまいりましてから二年目の秋に、ひらかれました。私は、うれしゅうございました。あなたの画・・・ 太宰治 「きりぎりす」
・・・ やはり似ている。気弱そうな微笑が、兄さんにそっくりだと思った。 私は弟さんからお土産をいただいた。桐の駒下駄と、林檎を一籠いただいた。山岸さんは註釈を加えて、「僕のうちでも、林檎と駒下駄をもらった。林檎はまだ少しすっぱいようだ・・・ 太宰治 「散華」
・・・もっとも、酔っぱらったのは僕ひとりで、惣兵衛氏は、いくら飲んでも顔色も変らず、そうして気弱そうに、無理に微笑して、僕の文学談を聞いている。「ひとつ、奥さん、」と僕は図に乗って、夫人へ盃をさした。「いかがです。」「いただきません。」夫・・・ 太宰治 「水仙」
・・・図画は、六十点、ときたま七十三点なぞということもあった。気弱な父の採点である。 さちよが、四年生の秋、父はさちよのコスモスの写生に、めずらしく「優」をくれた。さちよは、不思議であった。木炭紙を裏返してみると、父の字で、女はやさしくあれ、・・・ 太宰治 「火の鳥」
・・・少し強く出られると返す言葉がなくなって、泣きそうな目をするほど、彼女は気弱であった。いつかの夜道太は辰之助と、三四人女を呼んだあとで、下へおりて辰之助の立てたお茶なぞ飲んでいると、そこへ毎日一回くらいは顔を出してゆく、おひろの旦那の森さんが・・・ 徳田秋声 「挿話」
・・・ かやの実とはどんなものだろう ○変な五人づれの万歳 ○男の尺八、それをききに来たもう一人のやはり気弱な男。 Yamada Kuniko の生活 信州人。ムラサキ時代、 中央新聞記者。 いろいろな・・・ 宮本百合子 「一九二五年より一九二七年一月まで」
・・・作者は、この作品において、竹造の基本的な非妥協性は認めつつ、いわばそれあるが故に一層はっきりとした基準によって客観的な批判の対象となり得る竹造の気弱さ、甘え、受動性などを、獄中における同志、良人、若い父親としての日常感情のうちに捕え、批判し・・・ 宮本百合子 「文学における古いもの・新しいもの」
・・・ かわいいひよっこのする事さえ気弱なウジウジした男がもにはツンツンと体中にこたえた。「どうしても、だれか殺して呉れるかひとりでに命のなくなるまではどうしても生きて居なくっちゃあならない」と云う事は、女房をなくしてから、たださえ陰・・・ 宮本百合子 「芽生」
出典:青空文庫