・・・すると磯九郎は自分が大手柄でも仕たように威張り散らして、頭を振り立てて種々の事を饒舌り、終に酒に酔って管を巻き大気焔を吐き、挙句には小文吾が辞退して取らぬ謝礼の十貫文を独り合点で受け取って、いささか膂力のあるのを自慢に酔に乗じてその重いのを・・・ 幸田露伴 「馬琴の小説とその当時の実社会」
・・・『……なアに、他の奴等は、ありゃ医者じゃねえ、薬売だ、……とても、話せない……』なんて、エライ気焔だ。でも面白い気象の人で、近在へでも行くと、薬代が無けりゃ畠の物でも何でも可いや、葱が出来たら提げて来い位に言うものですから、百姓仲間には受が・・・ 島崎藤村 「岩石の間」
・・・どんな雑誌の編輯後記を見ても、大した気焔なのが、羨ましいとも感じて居る。僕は恥辱を忍んで言うのだけれど、なんの為に雑誌を作るのか実は判らぬのである。単なる売名的のものではなかろうか。それなら止した方がいいのではあるまいか。いつも僕はつらい思・・・ 太宰治 「喝采」
・・・ 彼の気焔を聞きながら、私はひそかにそのような煩悶をしているうちに、突如、彼は、「うわあっ!」というすさまじい叫声を発した。 ぎょっとして、彼を見ると、彼は、「酔って来たあっ!」と喚き、さながら仁王の如く、不動の如く、眼を固・・・ 太宰治 「親友交歓」
・・・の誇張、或いは気焔としか感ぜられない「老大家」だったなら、私は、自分でこれまで一ばんいやなことをしなければならぬ。脅迫ではないのだ。私たちの苦しさが、そこまで来ているのだ。 今月は、それこそ一般概論の、しかもただぷんぷん怒った八ツ当りみ・・・ 太宰治 「如是我聞」
・・・先日、私が久しぶりで阿佐ヶ谷の黄村先生のお宅へお伺いしたら、先生は四人の文科大学生を相手に、気焔を揚げておられた。私もさっそく四人の大学生の間に割込んで、先生の御高説を拝聴したのであるが、このたびの論説はなかなか歯切れがよろしく、山椒魚の講・・・ 太宰治 「花吹雪」
・・・いつもの私なら、そんな追放の恥辱など、さらに意に介せず、この友人と共に気焔を挙げるにきまっているのであるが、その夜は、私は自分の奇妙な衣服のために、いじけ切っていたので、ひたすら主人の顔色を伺い、これ、これ、と小声で友人を、たしなめてばかり・・・ 太宰治 「服装に就いて」
・・・日本兵のなすに足らざるを言って、虹のごとき気焔を吐いた。その室に、今、垂死の兵士の叫喚が響き渡る。 「苦しい、苦しい、苦しい!」 寂としている。蟋蟀は同じやさしいさびしい調子で鳴いている。満洲の広漠たる野には、遅い月が昇ったと見えて・・・ 田山花袋 「一兵卒」
・・・ そうかと思うとまた彼はこういう気焔を吐く事もある。「ある僕の全く知らない人の年々に受取る年賀はがきの束を僕に貸してよこせば、それを詳しく調べた上で、その人の年恰好、顔形、歩き振り、衣服、食物の好みなどを当てて見せる」という。しかしそれ・・・ 寺田寅彦 「年賀状」
・・・ そこでいよいよ現代文芸の理想に移って、少々気焔を述べたいと思います。現代文芸の理想は何でありましょう。美? 美ではない。画の方、彫刻の方でもおそらく、単純な美ではないかも知れないが、それは不案内だから、諸君の御一考を煩わすとして、文学・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
出典:青空文庫