・・・しかしこんな事は、金沢の目貫の町の商店でも、経験のある人だから、気短にそのままにしないで、「誰か居ませんか、」と、もう一度呼ぶと、「はい、」とその時、媚かしい優しい声がして、「はい、」と、すぐに重ね返事が、どうやら勢がなく、弱々しく聞えたと・・・ 泉鏡花 「みさごの鮨」
・・・社会的には全く複雑な要因に立つ異性の間の友情が、いたるところで一見まことに単純自然な花々を開かせているという気持よい人間的美観は、私たちの気短かい期待でいきなり明日に求めても無理で、個人と社会とのそこに到ろうとする着実な一歩一歩のうちに実現・・・ 宮本百合子 「異性の間の友情」
・・・その鼻の形が示しているように気短かなところがあるカールは、何かにつけてイエニーの驚くべき公平な判断と聰明を必要とした。 イエニーはカールの読みにくい原稿の清書もよくした。けれども、決してトルストイ夫人の「有名な清書」のようにではなく。・・・ 宮本百合子 「カール・マルクスとその夫人」
・・・理解しないことのあるのも当然だ。気短かな母、理解せぬ母を母の生活の盛りの思い出の為だけにでも愛すであろう。或る時は怒ったり、或る時は笑ったりしながら。―― なほ子は、新たな愛の自覚から、一層母をこの世に於て離れ難き者に感じ涙をこぼした。・・・ 宮本百合子 「白い蚊帳」
出典:青空文庫