・・・それから休日には植物園などへ、水彩画の写生に出かけしものなり。僕もその御伴を仰せつかり、彼の写生する傍らに半日本を読みし事も少からず。恒藤の描きし水彩画中、最も僕の記憶にあるものは冬枯れの躑躅を写せるものなり。但し記憶にある所以は不幸にも画・・・ 芥川竜之介 「恒藤恭氏」
・・・ かつ何でも新らしもの好きで、維新後には洋画を学んで水彩は本より油画までも描いた。明治の初年に渡来した英国人の画家ワグマンとも深く交わった。特にワグマンについて真面目に伝習したとは思われないが、ブラシの使い方や絵具の用法等、洋画のテクニ・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・』『なるほどそうだ、』といいながら時田は壁に下げてある小さな水彩画と見比べている。『無論この方がまずいサ。ところがこの絵にはおもしろい話があるからそれで持って来たがこれからまたこれを持って行くところがあるのだ。』 時田は起ち上が・・・ 国木田独歩 「郊外」
・・・うちの娘が、たしか水彩を一枚持っていた筈です。」「見せて下さい。」「ちょっとお待ち下さい。」 老画伯は、奥へ行って、やがてにこにこ笑いながら一枚の水彩を持って出て来て、「よかった、よかった。娘が秘蔵していたので助かりました。・・・ 太宰治 「水仙」
・・・彩色と云っても絵具は雌黄に藍墨に代赭くらいよりしかなかったが、いつか伯父が東京博覧会の土産に水彩絵具を買って来てくれた時は、嬉しくて幾晩も枕元へ置いて寝て、目が覚めるや否や大急ぎで蓋をあけて、しばしば絵具を検査した。夕焼けの雲の色、霜枯れの・・・ 寺田寅彦 「枯菊の影」
・・・近頃絵が面白くなった末から二番目の八重子は水彩絵具と筆とを買って規定の金額は一度に使ってしまった。末の冬子は線香花火や千代紙やこまごました品を少しずつしか買わないので、配当されたわずかな金が割合に長く使いでがあるようであった。そういう事実は・・・ 寺田寅彦 「小さな出来事」
・・・あの単に道徳上の功利的価値だけを目標とした歴史画や、最もバナールな〔banal 陳腐な〕題材を最もバナールな技巧で表現したというだけの無遠慮に大きな田園風俗画などや、一昔前の臨画帖から取り出したような水彩画などが保存されている事である。・・・ 寺田寅彦 「帝展を見ざるの記」
・・・それに引きかえて西の空麗しく晴れて白砂青松に日の光鮮やかなる、これは水彩画にも譬うべし。雨と晴れとの中にありて雲と共に東へ/\と行くなれば、ふるかと思えば晴れ晴るゝかと思えばまた大粒の雨玻璃窓を斜に打つ変幻極まりなき面白さに思わず窓縁をたた・・・ 寺田寅彦 「東上記」
・・・いつだったか、先生がどこかから少しばかりの原稿料をもらった時に、さっそくそれで水彩絵の具一組とスケッチ帳と象牙のブックナイフを買って来たのを見せられてたいそううれしそうに見えた。その絵の具で絵はがきをかいて親しい人たちに送ったりしていた。「・・・ 寺田寅彦 「夏目漱石先生の追憶」
・・・室の庭に向いた方の鴨居に水彩画が一葉隣室に油画が一枚掛っている。皆不折が書いたので水彩の方は富士の六合目で磊々たる赭土塊を踏んで向うへ行く人物もある。油画は御茶の水の写生、あまり名画とは見えぬようである。不折ほど熱心な画家はない。もう今日の・・・ 寺田寅彦 「根岸庵を訪う記」
出典:青空文庫