・・・ という牧水流の感情に耽ることも、許されていない。私の書かねばならぬのは、香りの失せた大阪だ。いや、味えない大阪だ。催眠剤に使用される珈琲は結局実用的珈琲だが、今日の大阪もついに実用的大阪になり下ってしまったのだろうか。 しかし・・・ 織田作之助 「大阪の憂鬱」
・・・犬眠る。水流林より出でて林に入る、落葉を浮かべて流る。おりおり時雨しめやかに林を過ぎて落葉の上をわたりゆく音静かなり」同二十七日――「昨夜の風雨は今朝なごりなく晴れ、日うららかに昇りぬ。屋後の丘に立ちて望めば富士山真白ろに連山の上に聳ゆ・・・ 国木田独歩 「武蔵野」
・・・あの行列の道筋に何か方則があるだろうか、水流と何か関係があるだろうか。そんな事をだれかと議論した事があった。もちろんなんの結論も得られなかった。 冗談はさておいて、この池が、これまでに、いろいろのまじめな研究の材料を供給している事も、数・・・ 寺田寅彦 「池」
・・・発電所から流れ出す水流の静かさを見て子供らが不審がる。水はそのありたけの勢力を機械に搾取されて、すっかりくたびれ果てて、よろよろと出て来るのである。しかし水は労働争議などという言葉は夢にも知らない。 人間は自然を征服し自然を駆使している・・・ 寺田寅彦 「軽井沢」
・・・また一方で前記の放射状対流渦の立派に現われる場合は、いずれも求心的流動の場合であるから、放電陰像の場合もあるいは求心的な物質の流れがあるのではないかと想像させる。水流の場合には一般に流線の広がる時に擾乱が起こるが流線が集約する時にはそれが整・・・ 寺田寅彦 「自然界の縞模様」
・・・古い一例を挙げれば清和天皇の御代貞観十六年八月二十四日に京師を襲った大風雨では「樹木有名皆吹倒、内外官舎、人民居廬、罕有全者、京邑衆水、暴長七八尺、水流迅激、直衝城下、大小橋梁、無有孑遺、云々」とあって水害もひどかったが風も相当強かったらし・・・ 寺田寅彦 「颱風雑俎」
・・・単にその技巧の上から見ても津田君の例えばある樹幹の描き方や水流の写法にはどことなくゴーホを想起させるような狂熱的な点がある。あるいは津田君の画にしばしば出現する不恰好な雀や粟の穂はセザンヌの林檎や壷のような一種の象徴的の気分を喚起するもので・・・ 寺田寅彦 「津田青楓君の画と南画の芸術的価値」
・・・ 戸田橋から水流に従って北方の堤を行くと、一、二里にして新荒川橋に達する。堤の下の河原に朱塗の寺院が欝然たる松林の間に、青い銅瓦の屋根を聳かしている。この処は、北は川口町、南は赤羽の町が近いので、橋上には自転車と自動車の往復が烈しく、わ・・・ 永井荷風 「放水路」
・・・ わたくしの言わむと欲する所は、隅田川の水流は既に溝涜の汚水に等しきものとなったが、それにもかかわらず旧時代の芸術あるがために今もなお一部の人には時として幾分の興趣を催させる事である。わが旧時代の芸文はいずれか支那の模倣に非らざるはない・・・ 永井荷風 「向嶋」
・・・と荷風の「春水流の低徊趣味」が「主要な装飾要素になっている」文学精神の前に跪拝している。自分のその文章などは「末世の僧の祖師を売る者、妄言当死」と迄頭を垂れている。もしそのような芸術至上の帰依に満ちた芸心があるならば、佐藤氏も「モスクワ」が・・・ 宮本百合子 「文芸時評」
出典:青空文庫