・・・ 階子段に足踏して、「鷭だよ、鷭だよ、お次の鷭だよ、晩の鷭だよ、月の鷭だよ、深夜の鷭だよ、トンと打つけてトントントンとサ、おっとそいつは水鶏だ、水鶏だ、トントントトン。」と下りて行く。 あとは、しばらく、隣座敷に、火鉢があるまい・・・ 泉鏡花 「鷭狩」
・・・間もなく同じ音がずっと遠くから聞こえる。水鶏ではないかと思う。再び眠りに落ちてうとうとしながら、古い昔に死んだ故郷の人の夢を見た。フロイドの夢判断に拠るまでもなく、これは時鳥や水鶏が呼び出した夢であろう。 宿の庭の池に鶺鴒が来る。夕方近・・・ 寺田寅彦 「浅間山麓より」
・・・ 星野温泉の宿の池に毎朝水鶏が来て鳴く。こぶし大の石ころを一秒に三四ぐらいのテンポで続けざまにたたき合わせるような音である。それが、毎朝東の空がわずかに白みかけるころにはきまってたたきに来る。そっと起き出して窓からのぞいて見ても姿は見え・・・ 寺田寅彦 「軽井沢」
・・・という句を出してその次の自分の番に「水鶏の起こす寝ざめ」を持ち出している。これだけならば不思議はないのであるが、次の巻のいちばん初めのその人の句が「卵産む鶏」であって、その次が「干鰯俵のなまぐさき」である。この二つの歌仙は同年にできてはいる・・・ 寺田寅彦 「連句雑俎」
出典:青空文庫