・・・黒橇や、荷馬車や、徒歩の労働者が、きゅうに檻から放たれた家畜のように、自由に嬉々として、氷上を辷り、頻ぱんに対岸から対岸へ往き来した。「今日は! タワーリシチ! 演説を傍聴さしてもらうぞ」 支那人、朝鮮人たち、労働者が、サヴエート同・・・ 黒島伝治 「国境」
・・・馬は、滑らないように下面に釘が突出している氷上蹄鉄で、凍った雪を蹴って進んだ。 大隊長は、ポケットに這入っている俸給について胸算用をしていた。――それはつい、昨日受け取ったばかりなのであった。 イワンは、さきに急行している中隊に追い・・・ 黒島伝治 「橇」
・・・ 四 馬が苦しげに氷上蹄鉄を打ちつけられた脚をふんばって丘を登ってきた。岩に乗り上げた舟のように傾いた橇の底では兵士が、でこぼこのはげしい道に動揺するたび、傷を抑えて歯を喰いしばった。「おや、また入院があるぞ。・・・ 黒島伝治 「氷河」
・・・と先年行くえ不明になった有名な老探検家の最後を物語るものだろうという事になったが、よくよく調べてみると、これは写真技師がうっかり一枚のフィルムに二度写しをやったために、平凡な無事な飛行機の幽霊が極北の氷上に出現したことになったのだそうである・・・ 寺田寅彦 「カメラをさげて」
出典:青空文庫