・・・ セコチャンは、自分をのみ殺した湖の、蒼黒い湖面を見下ろす墓地に、永劫に眠った。白い旗が、ヒラヒラと、彼の生前を思わせる応援旗のようにはためいた。 安岡は、そのことがあってのちますます淋しさを感ずるようになった。部屋が広すぎた。松が・・・ 葉山嘉樹 「死屍を食う男」
・・・亜麻色の濃い髪を垂れ、赤い羽二重の寛衣をつけた人形は、わざとらしい桃色の唇に永劫変らない微笑を泛べ、両手をさし延して何かを擁き迎えようとしながら、凝っと暗い空洞の眼を前方に瞠っているのだ。 千代は、越後の大雪の夜、帰らない飲んだくれの父・・・ 宮本百合子 「或る日」
・・・然し彼女の成熟した女性は愛を欲し、大きな情熱によってその婚約した青年とは永劫に別れつつ、彼の児の母となった。社会の常識と闘い、アンネットはそれを機会に新たな生涯に入った。彼女は、彼女の父親の代から属していた有産階級と絶縁し、家庭教師その他知・・・ 宮本百合子 「アンネット」
大いなるものの悲しみ! 偉大なるものの歎き! すべての時代に現われた大いなるものは、押並べて其の輝やかしい面を愁の涙に曇らして居る。 我々及び我々の背後に永劫の未来に瞑る幾多数うべくもあらぬ人の群は、皆大いなる・・・ 宮本百合子 「大いなるもの」
・・・女を度しがたい的可愛さにおく女の主観的生きかたも、女がそれに甘えかかって永劫に幸福でもあり得まい。チェホフの「可愛い女」という短篇があって、ああいう女を妻に欲しいという回答を婦人雑誌の質問に対して与えていた青年があった。チェホフは知られてい・・・ 宮本百合子 「女の歴史」
・・・て 嘲笑う――重き夜の深き眠りややさめて青白き暁光の宇宙の一端に生るれば死はいずこかの片すみにかがまりてひややかに見にくき姿をかくす死のひそむ宇宙の一隅は永劫にもだしあざ笑い大鎌の偉大なる閃・・・ 宮本百合子 「片すみにかがむ死の影」
・・・然し、永劫に、誤った一歩は誤った一歩なのです。 かような、重大な、而して余りに人間的な行違いは何によって起り得るかといえば、自分は、一言「未全なる愛」といわずにはいられません。 愛の力は強いのです。愛し、拡大し、創造しようとする意欲・・・ 宮本百合子 「偶感一語」
・・・ 愛にはよく永遠とか、永劫変らぬとかいう形容が飾りとしてつけられる。けれども、この刻々に変ってゆく一般の情勢のなかで、その変化にひきずられずに変らぬ愛が満たされているためには、全く現実的な周囲の出来事への判断とその理由への明察と、人間生・・・ 宮本百合子 「これから結婚する人の心持」
・・・直接の対象は永劫の「今」の其の瞬刻に置かれるべきでございますまいか。何の為の先覚者でございましょう? けれども、私共は一方から申せば共通な人間の不思議な弱点――或は力の他の一面に対して寛大でなければなりません。が、左様な態度は二重に不幸を醸・・・ 宮本百合子 「C先生への手紙」
・・・ 実際の結婚、姙娠、子供を産み食物と着物とを良人にたよってそのために永劫命令されて生きなければならない女の地獄に対する恐怖、悲痛、憎悪の感情。愛という名を通じていつの間にか自分をそこにひき込もうとするものに対する殆ど病的な程の鋭い警戒と・・・ 宮本百合子 「中国に於ける二人のアメリカ婦人」
出典:青空文庫