・・・昨夜は夜通し歩いて、今朝町の入口で蒸芋を一銭がとこ求めて、それでとにかく朝は凌いだ。握飯でもいい、午は米粒にありつきたいのだが、蝦蟇口にはもう二銭銅貨一枚しか残っていない。 私はそこの海岸通りへ出た。海から細く入江になっていて、伝馬や艀・・・ 小栗風葉 「世間師」
・・・それ故、一応隣室の諒解を求める必要がある。けれど、隣室の人たちはたぶん雨戸をあけるのを好まないだろう。 すっかり心が重くなってしまった。 夕暮近く湯殿へ行った。うまい工合に誰もいなかった。小柄で、痩せて、貧弱な裸を誰にも見られずに済・・・ 織田作之助 「秋深き」
・・・モグラモチのように蠢きながらも生きて行かねばならぬ、罪業の重さに打わなきながらも明るみを求めて自棄してはならぬ――こういった彼の心持の真実は自分にもよくわかる気がする。といって自分のあの作が、それだけの感動に値いするものだとはけっして考えは・・・ 葛西善蔵 「死児を産む」
・・・そんな訳で自分は何かに気持の転換を求めていた。金がなくなっていたので出歩くにも出歩けなかった。そこへ家から送ってくれた為替にどうしたことか不備なところがあって、それを送り返し、自分はなおさら不愉快になって、四日ほど待っていたのだった。その日・・・ 梶井基次郎 「泥濘」
・・・まで信仰したまわぬ今の医師及び産婆の注意の一から十まで真っ正直に受けたもうて、それはそれは寝るから起きるから乳を飲ます時間から何やかと用意周到のほど驚くばかりに候、さらに驚くべきは小生が妻のためにとて求め来たりし育児に関する書籍などを妻はま・・・ 国木田独歩 「初孫」
・・・ 三 文芸と倫理学 人生の悩みを持つ青年は多くその解決を求めて文芸に行く。解決は望まれぬまでも何か活きた悩みに触れてもらいたいために小説や、戯曲に行く。それはもとより当然である。文芸はこの生の具象的な事実をその肉づけ・・・ 倉田百三 「学生と教養」
・・・ 老人は純粋な憐れみを求めた。「くたばっちまえ!」 通訳の口から露西亜語がもれた。「俺れゃ生きていたい!」 老人は蹴落されると、蜥蜴の尾のように穴の中ではねまわった。 それから、再び盲目的に這い上ろうとした。また、固・・・ 黒島伝治 「穴」
・・・ものだから、嵌め込む目的がない時は質に入れたり、色気の見える客が出た時は急に質受けしたり、十余年の間というものは、まるで碁を打つようなカラクリをしていたその間に、同じような族類系統の肖たものをいろいろ求めて、どうかして甘い汁を啜ろうとしてい・・・ 幸田露伴 「骨董」
・・・只だ是れ東海に不死の薬を求め、バベルに昇天の塔を築かんとしたのと同じ笑柄である。 成程天下多数の人は死を恐怖して居るようである、然し彼等とても死の免がれぬのを知らぬのではない、死を避け得べしとも思って居ない、恐らくは彼等の中に一人でも、・・・ 幸徳秋水 「死生」
・・・ その時になって見ると、新しいものを求めて熱狂するような三郎の気質が、なんとなく私の胸にまとまって浮かんで来た。どうしてこの子がこんなに大騒ぎをやるかというに――早川賢にしても、木下繁にしても――彼らがみんな新しい人であるからであった。・・・ 島崎藤村 「嵐」
出典:青空文庫