江口は決して所謂快男児ではない。もっと複雑な、もっと陰影に富んだ性格の所有者だ。愛憎の動き方なぞも、一本気な所はあるが、その上にまだ殆病的な執拗さが潜んでいる。それは江口自身不快でなければ、近代的と云う語で形容しても好い。・・・ 芥川竜之介 「江口渙氏の事」
・・・松浦君、江口君、岡君が、こっちの受付をやってくれる。向こうは、和辻さん、赤木君、久米という顔ぶれである。そのほか、朝日新聞社の人が、一人ずつ両方へ手伝いに来てくれた。 やがて、霊柩車が来る。続いて、一般の会葬者が、ぽつぽつ来はじめた。休・・・ 芥川竜之介 「葬儀記」
・・・無産階級文学運動の中にもこの対立がはげしく反映した。江口渙、壺井繁治、今野大力などアナーキストであった作家詩人が、次第に共産主義に接近しつつあった。無産派文学団体の改組が頻繁に行われた。第一次大戦後のドイツではこの一九二三年にあのインフレー・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第二巻)」
・・・無産者芸術運動、その文学の分野では、自然発生的に宮嶋資夫、葉山嘉樹、前田河広一郎、江口渙その他の無産階級出身の小説家の作品が登場し、芸術理論の面では、平林初之輔、青野季吉、蔵原惟人等によってブルジョア文芸批評の主観的な印象批評に対して、文学・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第六巻)」
・・・ 人に押されて、ゆるく体をまわすようにしながら、蔵原さんが訊いた。「これからだ」 江口さんは栃木県で立候補した。新しくなろうとして熱心な村の人々にとって、根気よい産婆役をしているのであった。「しかしね、モラトリアムでいくらか・・・ 宮本百合子 「一刻」
・・・うすい写真の中でも、同志江口が白いカラーをはっきりと、いつもの少し体をねじったような姿勢で壇上に立っているところがある。押し合う会集。「暴圧の意義及びそれに対する逆襲を我々はいかに組織すべきか」という巻頭論文がのっている。貪るように読んだ。・・・ 宮本百合子 「刻々」
・・・各団体から委員が出て、作家同盟からは、小林の死、その葬儀をとおしてほんとうに同志らしく行動した江口渙をはじめわたしをもふくむ数人の委員があげられた。刊行基金として、予約募集の仕事がはじめられた。その頃の金で全額五十円ぐらいであったろうか。予・・・ 宮本百合子 「小林多喜二の今日における意義」
・・・文学の階級性というものについての以上のような自然発生的な考え方は、ここにいらっしゃる江口渙さんなどもよく御存知のように、日本のプロレタリア文学運動の初期、まだ無産者の文学と云われて宮嶋資夫その他が小説を書き出した頃の現象です。その後労働者と・・・ 宮本百合子 「討論に即しての感想」
・・・佐多稲子、江口渙、私等は以上のような「自己批判」に納得できず、作家同盟の常任委員会で常に当時の書記長その他の見解に不一致であった。しかし理論的に未熟であり、運動に経験のないために客観的には明瞭に誤っている結論に従うほかなかった。 ・・・ 宮本百合子 「年譜」
出典:青空文庫