・・・ 支那人の車夫が行ってしまってから、日本人は腕を組んで、何か考えているようでしたが、やがて決心でもついたのか、さっさとその家の中へはいって行きました。すると突然聞えて来たのは、婆さんの罵る声に交った、支那人の女の子の泣き声です。日本人は・・・ 芥川竜之介 「アグニの神」
・・・彼は堅い決心をしていた。今夜こそは徹底的に父と自分との間の黒白をつけるまでは夜明かしでもしよう。父はややしばらく自分の怒りをもて余しているらしかったが、やがて強いてそれを押さえながら、ぴちりぴちりと句点でも切るように話し始めた。「いいか・・・ 有島武郎 「親子」
・・・そこで尻尾を振って居たが、いよいよ行くというまでに決心がつかなかった。百姓は掌で自分の膝を叩いて、また呼んだ。「来いといったら来い。シュッチュカ奴。馬鹿な奴だ。己れはどうもしやしない。」 そこで犬は小股に歩いて、百姓の側へ行掛かった。し・・・ 著:アンドレーエフレオニード・ニコラーエヴィチ 訳:森鴎外 「犬」
・・・ためにしばしば自殺の意を生じて、果ては家に近き百間堀という池に身を投げようとさえ決心したことがあった。しかもかくのごときはただこれ困窮の余に出でたことで、他に何等の煩悶があってでもない。この煩悶の裡に「鐘声夜半録」は成った。稿の成ると共に直・・・ 泉鏡花 「おばけずきのいわれ少々と処女作」
・・・どこまでも奮闘せねばならぬ決心が自然的に強固となって、大災害を哀嘆してる暇がない為であろう。人間も無事だ、牛も無事だ、よしといったような、爽快な気分で朝まで熟睡した。 家のが鳴く、家のが鳴く、という子供の声が耳に入って眼を覚した。起って・・・ 伊藤左千夫 「水害雑録」
・・・吉弥の顔が見たいのと、例の決心を確かめたいのであったが、当人の決心がまず本統らしく見えると、すぐまた僕はその親の意見を聴きにやらせた。親からは近々当地へ来るから、その時よく相談するという返事が来たと、吉弥が話した。僕一個では、また、ある友人・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・そんならその不満を破壊する決心を有するかというと、決心を有さないではないが、常にその決心を鈍らす因襲の思想が頭脳のドコかで囁やいて制肘する。二葉亭の一生はこの葛藤の歴史であって、独り文人たるを屑しとしなかったばかりでなく、政治的方面にも実業・・・ 内田魯庵 「二葉亭四迷」
・・・ということはまことに馬鹿馬鹿しいことだといって読ませぬ。そうすると、黙っていて伯父さんの油を使っては悪いということを聞きましたから、「それでは私は私の油のできるまでは本を読まぬ」という決心をした。それでどうしたかというと、川辺の誰も知らない・・・ 内村鑑三 「後世への最大遺物」
・・・その様子が今まで人に追い掛けられていて、この時決心して自分を追い掛けて来た人に向き合うように見えた。「お互に六発ずつ打つ事にしましょうね。あなたがお先へお打ちなさい。」「ようございます。」 二人の交えた会話はこれだけであった。・・・ 著:オイレンベルクヘルベルト 訳:森鴎外 「女の決闘」
・・・しかたなく、木の葉を船として、これに乗ってゆこうと決心しました。それより海のかなたへ、渡る途はなかったのです。 昼間は、木の葉をくわえて飛んで、夜になると葉を船にして、その上で休みました。そのつばめは、こうして、旅をしているうちに、一夜・・・ 小川未明 「赤い船とつばめ」
出典:青空文庫