・・・この二度目の考えはわたくしの決断を鈍らせました。わたくしはとうとう数馬の上へ、当然挙げるはずの扇を挙げずにしまったのでございまする。二人はまたしばらくの間、正眼の睨み合いを続けて居りました。すると今度は数馬から多門の小手へしかけました。多門・・・ 芥川竜之介 「三右衛門の罪」
・・・省作は今が今まで、これほど解ってる人で、きっぱりとした決断力のある人とは思わなかった。省作はもう嬉しくて堪らない。だれが何と言ってもと心のうちで覚悟を定めていた所へ、兄からわが思いのとおりの事を言われたのだから嬉しいのがあたりまえだ。省作は・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
・・・ついに決断して青森行きの船出づるに投じ、突然此地を後になしぬ。別を訣げなば妨げ多からむを慮り、ただわずかに一書を友人に遺せるのみ。 十一日午前七時青森に着き、田中某を訪う。この行風雅のためにもあらざれば吟哦に首をひねる事もなく、追手を避・・・ 幸田露伴 「突貫紀行」
・・・その顔には決断の色が見えている。槌で打ち固めたような表情が見えている。両膝を高く立てた。そしてそれを両腕で抱いた。さて頭をその膝頭に載せた。老人はこんな風に坐って、丁度あの鴉のように、誰かが来て自分を突き飛ばしてくれるのを待っているのである・・・ 著:シュミットボンウィルヘルム 訳:森鴎外 「鴉」
・・・やめて欲しい、とも思うのだが、さて、この男には幹の蔭から身を躍らせて二人の間に飛び込むほどの決断もつかぬのです。もう少し、なりゆきを見たいのです。男は更に考える。 発砲したからといっても、必ず、どちらかが死ぬるとはきまっていない。死ぬる・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・多少ノ悲痛ト、決断、カノ小論ノ行間ヲ洗イ流レテ清潔ニ存ジマシタ。文壇、コノ四、五年ナカッタコトダ。ヨキ文章ユエ、若キ真実ノ読者、スナワチ立チテ、君ガタメ、マコト乾杯、痛イッ! ト飛ビアガルホドノアツキ握手。 石坂氏ハダメナ作家デアル。葛・・・ 太宰治 「創生記」
・・・二個以上の物体を同等の程度で好悪するときは決断力の上に遅鈍なる影響を与えるのが原則だ」とまた分り切った事をわざわざむずかしくしてしまう。「味噌汁の実まで相談するかと思うと、妙なところへ干渉するよ」「へえ、やはり食物上にかね」「う・・・ 夏目漱石 「琴のそら音」
・・・――余が決断を促がす動機の一部分をも形づくらなかったからである。尤も先生がこれら知名の人の名を挙げたのは、辞任の必ずしも非礼でないという実証を余に紹介されたまでで、これら知名の人を余に比較するためでなかったのは無論である。 先生いう、―・・・ 夏目漱石 「博士問題とマードック先生と余」
・・・我々の自己は、一々の実践的決断において、生死の立場に立っているのである、危機に立っているのである。我々の実践的決断は抽象的意識的自己の内より起るのではない。爾考えるのは、主語的論理の独断によるのである。私はこれについて多く論じた。 我々・・・ 西田幾多郎 「デカルト哲学について」
・・・裏に表に手を尽して吟味に吟味を重ね、双方共に是れならばと決断していよ/\結婚したる上は、家の貧乏などを離縁の口実にす可らざるは、独り女の道のみならず、亦男子の道として守る可き所のものなり。近年の男子中には往々此道を知らず、幼年の時より他人の・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
出典:青空文庫