・・・分の心でどう思っていても、それにかかわらず、そういう変動の或るものには生じて来るのであって、しかもそれを凌いでゆくのは、結局自分たちの心の働きによるしかない、そこに真面目に生活を考えている人々の現代の沈潜的な態度があると思う。 真面目に・・・ 宮本百合子 「これから結婚する人の心持」
・・・作者はそれぞれ沈潜勇往して、この状況を拓いてゆくために労を惜んではならないのだろうと思う。 もし浅薄に、旧いしきたりに準じて作家と読者というものを形式上対置して、今の読者はものを知らないという風な観かたに止れば宇野浩二のような博識も、畢・・・ 宮本百合子 「今日の作家と読者」
・・・ 今日作家が、その歴史的であるべき覚悟の表現においていよいよ勁く文学的であるよりも一般化してしまう傾きを示しているという事実は、私たちの関心を十分そこに沈潜させる価値をもつ現象だと思う。何故なら、今転換期と称されている時期は非常に永い見・・・ 宮本百合子 「今日の文学の諸相」
・・・ 自身女性である中島湘煙が、なぜ女はみな魔がさしているような非条理におかれているかというその原因にまでふれ、沈潜して理解してゆこうとせず、かえって男の福沢諭吉が女のために懇切、現実的であったという事実は私たちに何を教えるだろう。それぞれ・・・ 宮本百合子 「女性の歴史の七十四年」
・・・計らず、企らまず、対象に向ってあるがままの我を、底の底まで沈潜させる。極度の静謐、すっかり境界がぼやけ、あらゆる固執を失った心と対象との間に、自ら湧き起る感興、想念と云うもので先ずその第一歩を踏み出すのが創作の最も自然な心の態度らしく感ぜら・・・ 宮本百合子 「透き徹る秋」
・・・ところで、昨今感じられているその飢渇感には、僅か二、三年前には知られなかった生活的な諸経験がたたみこまれているから、文学とは何であろうかという思いも、一層沈潜して強く流れかかっているのは注目すべきであると思う。 この一年二年は、時間・・・ 宮本百合子 「生産文学の問題」
・・・今日の歴史に生きるには、それに先行する時代から受けた苦しみそのものの中に沈潜して、そこから自分たちのこれからの新しい発展を辿りださねばならないという気持が、広汎にあります。そして、自分たちの経験を発展の母胎と見、それにいちおうは執しようとい・・・ 宮本百合子 「一九四六年の文壇」
・・・無礼を顧ずいえば、彼等は僧として、高邁な信仰を得ようとする熱意も失っていると同時に、芸術的美に沈潜することによって、更に純一な信心に甦るだけの強大な直観も持っていないようだ。自分達の本堂に在す仏を拝んでは、次の瞬間に冷静な美術批評家ぶって見・・・ 宮本百合子 「宝に食われる」
・・・どこまで人間精神の経歴としてその中に沈潜して省察し、収穫し、芸術化してゆくであろうか。このことは、作品のなかにトピックとして或は題材として世相を盛るということよりは遙にむずかしく深く、そして文学を文学たらしめるものであるのだと思う。〔一九四・・・ 宮本百合子 「地の塩文学の塩」
・・・ こんな、不合理なことを、彼女自身は何の矛盾も感ぜずに体ごと、その涙の中に沈潜して行くことが出来たのである。 実に屡々、これと大差ない奇怪な感情の陶酔に貫かれながら、どこにも統一のない彼女の生活は、だんだん彼女の年と、境遇とに比べて・・・ 宮本百合子 「地は饒なり」
出典:青空文庫