・・・昼間見ると、その鴉が何羽となく輪を描いて、高い鴟尾のまわりを啼きながら、飛びまわっている。ことに門の上の空が、夕焼けであかくなる時には、それが胡麻をまいたようにはっきり見えた。鴉は、勿論、門の上にある死人の肉を、啄みに来るのである。――もっ・・・ 芥川竜之介 「羅生門」
・・・ 馬の沓形の畠やや中窪なのが一面、青麦に菜を添え、紫雲英を畔に敷いている。……真向うは、この辺一帯に赤土山の兀げた中に、ひとり薄萌黄に包まれた、土佐絵に似た峰である。 と、この一廓の、徽章とも言つべく、峰の簪にも似て、あたかも紅玉を・・・ 泉鏡花 「瓜の涙」
・・・ 草に巨人の足跡の如き、沓形の峯の平地へ出た。巒々相迫った、かすかな空は、清朗にして、明碧である。 山気の中に優しい声して、「お掛けなさいましな。」軒は巌を削れる如く、棟広く柱黒き峯の茶屋に、木の根のくりぬきの火鉢を据えて、畳二畳に・・・ 泉鏡花 「栃の実」
出典:青空文庫