・・・それは溪の水が乾いた磧へ、小さい水溜を残している、その水のなかだった。思いがけない石油を流したような光彩が、一面に浮いているのだ。おまえはそれを何だったと思う。それは何万匹とも数の知れない、薄羽かげろうの屍体だったのだ。隙間なく水の面を被っ・・・ 梶井基次郎 「桜の樹の下には」
・・・ われを嘲けるごとく辰弥は椅子を離れ、庭に下り立ちてそのまま東の川原に出でぬ。地を這い渡る松の間に、乱れ立つ石を削りなして、おのずからなる腰掛けとしたるがところどころに見ゆ。岩を打ち岩に砕けて白く青く押し流るる水は、一叢生うる緑竹の中に・・・ 川上眉山 「書記官」
・・・口惜いやら情けないやら、前後夢中で川の岸まで走って、川原の草の中に打倒れてしまった。 足をばたばたやって大声を上げて泣いて、それで飽き足らず起上って其処らの石を拾い、四方八方に投げ付けていた。 こう暴れているうちにも自分は、彼奴何時・・・ 国木田独歩 「画の悲み」
・・・こはおもしろしと走り寄りて見下せば、川は開きたる扇の二ツの親骨のように右より来りて折れて左に去り、我が立つところの真下の川原は、扇の蟹眼釘にも喩えつべし。ところの名を問えば象が鼻という。まことにその名空しからで、流れの下にあたりて長々と川中・・・ 幸田露伴 「知々夫紀行」
・・・路は荒川に沿えど磧までは、あるは二、三町、あるいは四、五町を隔てたれば水の面を見ず。少しずつの上り下りはあれど、ほとほと平なる路を西へ西へと辿り、田中の原、黒田の原とて小松の生いたる広き原を過ぎ、小前田というに至る。路のほとりにやや大なる寺・・・ 幸田露伴 「知々夫紀行」
・・・起伏する地の波はその辺で赤土まじりの崖に成って、更に河原続きの谷底の方へ落ちている。崖の中腹には、小使の音吉が弟を連れて来て、道をつくるやら石塊を片附けるやらしていた。音吉は根が百姓で、小使をするかたわら小作を作るほどの男だ。その弟も屈強な・・・ 島崎藤村 「岩石の間」
・・・ほとんど素人下宿のような宿で、部屋も三つしかなかったし、内湯も無くて、すぐ隣りの大きい旅館にお湯をもらいに行くか、雨降ってるときには傘をさし、夜なら提燈かはだか蝋燭もって、したの谷川まで降りていって川原の小さい野天風呂にひたらなければならな・・・ 太宰治 「姥捨」
・・・魚容はそのよごれ物をかかえて裏の河原におもむき、「馬嘶て白日暮れ、剣鳴て秋気来る」と小声で吟じ、さて、何の面白い事もなく、わが故土にいながらも天涯の孤客の如く、心は渺として空しく河上を徘徊するという間の抜けた有様であった。「いつまでもこ・・・ 太宰治 「竹青」
・・・ この種の映画でよくある場面は一群の人間と他の一群の人間とが草原や川原で追いつ追われつする光景をいろいろの角度からとったものである。人間が蟻か何かのように妙にちょこちょこと動くのが滑稽でおもしろい。 千篇一律で退屈をきわめる切り合い・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(3[#「3」はローマ数字、1-13-23])」
・・・夏休みに帰省中、鏡川原の納涼場で、見すぼらしい蓆囲いの小屋掛けの中でであった。おりから驟雨のあとで場内の片すみには川水がピタピタあふれ込んでいた。映画はあひる泥坊を追っかけるといったようなたわいないものであったが、これも「見るまでは信じられ・・・ 寺田寅彦 「映画時代」
出典:青空文庫