・・・鳶なら油揚も攫おうが、人間の手に持ったままを引手繰る段は、お互に得手でない。首尾よく、かちりと銜えてな、スポンと中庭を抜けたは可かったが、虹の目玉と云う件の代ものはどうだ、歯も立たぬ。や、堅いの候の。先祖以来、田螺を突つくに練えた口も、さて・・・ 泉鏡花 「紅玉」
・・・ 松島の沿道の、雨晴れの雲を豆府に、陽炎を油揚に見物したという、外道俳人、小県の目にも、これを仰いだ目に疑いはない。薙刀の鋭き刃のように、たとえば片鎌の月のように、銀光を帯び、水紅の羅して、あま翔る鳥の翼を見よ。「大沼の方へ飛びまし・・・ 泉鏡花 「神鷺之巻」
・・・その油揚が陽炎を軒に立てて、豆府のような白い雲が蒼空に舞っていた。 おかしな思出はそれぐらいで、白河近くなるにつれて、東京から来がけには、同じ処で夜がふけて、やっぱりざんざ降だった、雨の停車場の出はずれに、薄ぼやけた、うどんの行燈。雨脚・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・太宰に食わせる油揚げはよそを捜して見つけたらいい。太宰さん。海賊クラブは一日きりで解散だ。そのかわり、――」立ちあがって、つかつか太宰のほうへ歩み寄り、「ばけもの!」 太宰は右の頬を殴られた。平手で音高く殴られた。太宰は瞬間まったくの小・・・ 太宰治 「ダス・ゲマイネ」
・・・耳にちょっと触れると、ぴくっとその老婆の耳が、動くそうではないか。油揚を好み、鼠を食すというのもあながち、誇張では無いかも知れない。女性の細胞は、全く容易に、動物のそれに化することが、できるものなのである。話が、だんだん陰鬱になって、いやで・・・ 太宰治 「女人訓戒」
・・・ 昔の日本人は前後左右に気を配る以外にはわずかにとんびに油揚をさらわれない用心だけしていればよかったが、昭和七年の東京市民は米露の爆撃機に襲われたときにいかなる処置をとるべきかを真剣に講究しなければならないことになってしまった。襲撃者は・・・ 寺田寅彦 「からすうりの花と蛾」
・・・ 昔の日本人は前後左右に気を配る以外にはわずかに鳶に油揚を攫われない用心だけしていればよかったが、昭和七年の東京市民は米露の爆撃機に襲われたときに如何なる処置をとるべきかを真剣に講究しなければならないことになってしまった。襲撃者は鳶以上・・・ 寺田寅彦 「烏瓜の花と蛾」
とんびに油揚をさらわれるということが実際にあるかどうか確証を知らないが、しかしこの鳥が高空から地上のねずみの死骸などを発見してまっしぐらに飛びおりるというのは事実らしい。 とんびの滑翔する高さは通例どのくらいであるか知・・・ 寺田寅彦 「とんびと油揚」
・・・から犬を貰って飼い、猶時々は油揚をば、崖の熊笹の中へ捨てて置いた。 父親は例の如くに毎朝早く、日に増す寒さをも厭わず、裏庭の古井戸に出て、大弓を引いて居られたが、もう二度と狐を見る機会がなかった。何処から迷込んだとも知れぬ痩せた野良犬の・・・ 永井荷風 「狐」
・・・露店で食う豚の肉の油揚げは、既に西洋趣味を脱却して、しかも従来の天麩羅と抵触する事なく、更に別種の新しきものになり得ているからだ。カステラや鴨南蛮が長崎を経て内地に進み入り、遂に渾然たる日本的のものになったと同一の実例であろう。 自分は・・・ 永井荷風 「銀座」
出典:青空文庫